SHUHEI HATANO
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  • 日記|2026年11月20日ー26日

    10.02.2026

    11月20日 木曜日

     便所に行くため深夜に目を覚ますのが、ほぼ毎晩の習慣になっている。用を済ませてベッドに戻ると天井裏で物音がする。ねずみにしては物音が大きい気がする。がさごそと藁で何か作っているような音にも聞こえる。平屋の我が家はどうやって天井裏に入って駆除すればいいのだろうか、などと思い巡らしていると、そういえばずいぶん前に、押入れに知らない人が住んでいるのを何年間も気付かないで一緒に暮らしていたというニュースがあったな、と思いながら再び眠りにつく。

     ー天井裏で物音がする。大家さんと一緒に2階のベランダから物音のする場所を探ると、薄青と白のツートーンカラーのペリカンのような鳥が2羽這い出てくる。親子のようだ。てっきりねずみだと思っていたので思わぬ動物の出現に気を良くし、慌てて巣穴に戻し、監視カメラを設置して様子を見られるようにする。監視カメラの映像をモニターで見ていると、その鳥の他に、子ぎつねが戯れていたり、巨大なカバが横切ったりと知らない間にいろいろな動物が出入りしていたー

     こども園でインフルエンザが流行っているので、息子を今週は登園させず家で遊ばせることにする。

     12月に映画寄席で上映するために、92歳の小丸鈴子さんの語りの編集に取り掛かる。主に、幼い頃に手伝っていた麻栽培の話を上映する予定でいる。他にも、土葬の穴掘りの話、夜の川での魚突きの話、城崎温泉に傷痍軍人が湯治に大挙していた話など、興味深い話がたくさんあり、どこを厳選するか悩ましいところだ。

     夕方、庭で遊んでいた娘が、軒下から家の中に入っていくねずみを見た。

     昼飯に焼きそば、晩飯にカレーを作ると、子供は喜び家駆け回り、屋根裏では多分ねずみが丸くなっている。


    21日 金曜日

     今日も小丸鈴子さんの語りの編集の続きを進める。

     昼にシンボパンへ行き、昨日売れ残ってしまったパンを貰う。昼飯にそのパンを食べ、息子を自転車の後ろに乗せて西国分寺へ向かう。以前バイトしていたバラ苗農家で一緒に働いていた清水さんが、菜園造りの会社を起業するので映像やデザインのことをお願いしたいと相談のメールををもらっていた。

     西国分寺の喫茶店で落ち合う。8年ぶりくらいに会うが、ブランクを感じずすぐにいろんなことをお喋りし始められる、相変わらず気の良くておもしろい人だった。息子が注文したプリン・ア・ラ・モードが美味そうだった。

     帰りにスーパーに寄り晩飯の食材を買い、次にホームセンターでねずみを捕まえるためのくっつきシートを買う。帰宅し、昨日娘がねずみが入って行くのを見たという軒下の穴にシートを仕掛ける。

     昨日のカレーとほぼ同じ食材と手順で、晩飯にクリームシチューを作る。

     風呂の壁に、学校で九九を勉強中の娘が暗記するための九九シートが貼られている。伸ばし始めた髭をシャンプーで洗い、コンディショナーをつけて髪の毛扱いしてみる。


    22日 土曜日

     昨晩のコンディショナーのせいか、髭がいつもよりちくちくしない。くしでといて更に髪の毛扱いしてみる。

     毎朝かける音楽はNTSというロンドンのインターネットラジオで、気に入ったDJの最近更新されたエビソードを聴いている。今朝はイン・フォーカスという、ミュージシャンやレコードレーベルを特集するコーナーの、70年代ザンビアのバンド、ンゴジィ・ファミリーの特集を聴いてみると、これがかなり良い。ザンビアのロックをザンロックと呼ぶらしい。ザンロック特集のエピソードもあったので続けて聴いてみると、ザンロック全部がかっこいいわけではなく、ンゴジィ・ファミリーが特別に良いということが分かった。

     娘の小学校の音楽発表会に家族で出かける。体育館には後方に一般席、前方に優先席があり、優先席は演奏中の学年の保護者が座って鑑賞できる。ただ優先席に座るためには、廊下の行列に並んで演奏まで待機しないといけないので、早めに行って並ばなくてはいけない。ふらっと行って見て帰るということにはならず、なかなか大変なシステムだなと思う。演奏前には、撮影する際のカメラやスマホは顔の高さより上にならないようになど、トラブルを避けるためなのだろうが、アナウンスが長々と続く。先生たちの、円滑に進行するための気配りというより、無事に終わりますようにという気苦労が伝わってきて、演奏よりそちらの方が気になってしまった。

     息子と先に帰り、あるもので豚丼やうどんなど、まとまりのない昼飯を作る。後で帰ってきた妻がお稲荷さんやコロッケ、唐揚げを買って帰ってくれて更にまとまりがなくなった昼飯をかっこんで、映画寄席のために簗田寺へ向かう。食事の途中であっちゃんが来て、JAの収穫体験で取った白菜や小松菜、かぶに人参、大根をたくさん分けてくれた。

     ちなみに夫婦の間で、あるもので作った料理のことをア・ル・モーノと、ア・ラ・モードと同じ発音で呼ぶことで、特別感を出すことにしている。

     簗田寺に着くと、紘良くんが一昨日ジム・オルークのライブを見てきたそうで、俺の髭を見るなりジムさんと同じと言われたので気を良くする。

     簗田寺での2ヶ月連続映画寄席を無事に終えた打ち上げで、ヘルミッペさんが、無駄を省いて仕事の合理化をとことん押し進めると、100パーセントではなく120パーセントがんばらなくてはいけなくなるので、理論上は可能でも実際には実現不可能ということを言っていて、なるほどと思う。

     夜10時過ぎに帰宅し、車中で眠ってしまった子供たちをお風呂は諦めて、せめてパジャマに着替えさせようと起こすが、案の定ふたりとも盛大に泣き始める。そりゃそうだろう、夜遅くまで連れ回してしまったのだから、特に娘は音楽発表会もあったのだから、と反省する。


    23日 日曜日 勤労感謝の日

     昨夜の疲れを引きずってか、皆なかなか起きず遅めの朝。

     一日掃除をしないと驚くほど部屋が散らかりほこりが溜まる。子供たちの出しっ放し遊びっぱなしのおもちゃを片付けるように言うが、全く言うことを聞かず狭い家を駆け回っている。息子に至ってはパジャマを着替えないので着替えるように言うが、これも全く聞く耳を持たない。だんだんとこちらの語気が強くなり、しまいには意地の張り合いで言い合いになる。埒があかないので放っておくと、今度は子供同士が喧嘩を始めて、ふたり共大泣きする。

     一日でも掃除をしないと部屋は散らかるし、一日でも生活のリズムが崩れると子供の様子は目に見えておかしくなる。穏やかで健やかな日々を送るには、できるだけ違うことをせずに同じ日々を繰り返し過ごすことだと、いつもこうなってから思う。

     昼飯に妻がシンボパンのパンを使ってハンバーガーを作ってくれる。喧嘩の後で涙目のまま、前歯の抜けた娘がかぶりつく様子を撮影する。

     午後からは子供たちのエネルギーを発散させるために、それぞれの自転車で近所の古民家園まで行く。古民家園の庭の梅の木にはたくさん樹液が垂れて固まっていて、子供たちはそれを取るために思いっきり木を蹴り上げている。隣の雑木林で息子がクワガタムシの死骸を持って娘を追いかけ、落ち葉を巻き上げて駆け回っている。少し遠回りして公園でも遊ばせる。

     帰って大相撲九州場所の千秋楽を、妻は息子の髪を切りながら、娘はわたしンちを読みながら、見ているのかいないのかわからない様子で優勝の行方を見届ける。安青錦が本割で琴櫻を倒し、優勝決定戦で豊昇龍を倒し初優勝を決める。これで大関昇進も決定的なものになる。解説の尾車親方も舞の海も、しきりに千代の富士の再来と言っている。

     晩飯は昨日あっちゃんからもらった野菜で鍋にする。エネルギーを発散したせいか、9時になると子供たちはすんなりと眠りにつく。人間が寝付くと、天井裏が騒がしくなる。未だくっつきシートにねずみはかからない。


    24日 月曜日振り替え休日

     風のない秋晴れの天気なので、娘のリクエストに応えて急遽お弁当を作り、車で東大和市立郷土博物館の上にある狭山丘陵と一体になっている芝生広場へ行き、昼飯を食べることにする。ここは高台になっていて、立川の向こうの方まで景色を一望できる。時々家族でピクニックに来るのだが、知られていないのか、いつもほとんど人がいない穴場だ。草の上の昼食。娘が作ってくれた卵焼きの塩加減が絶妙で美味い。食後に少し雑木林を散策する。

     来る途中、道を間違えた際に通り過ぎた個人経営の中古自動車屋に気になる車があったので、帰りに寄ってみる。茶色のフォルクスワーゲン・トゥーランだった。店に人はおらず、携帯番号の記載されたホワイトボードがかかっていたので、電話をする。トゥーランは買い取ったばかりで、これからオークションに出す予定だそうだ。年式と走行距離、価格を聞く。だいたい60万から80万くらいで出す予定だということだった。後日再訪することを伝え電話を切る。

     新青梅街道を新宿方面にしばし走って、気になる中古車屋に入る。ここでもワーゲンを何台か見る。ワーゲンはフォルムが綺麗で、見ていて楽しい。

     次は立川までワーゲンの認定中古車屋へ行く。T-RocというワーゲンのSUVに乗ってみると、シートからも車からも守られている感じがすごく伝わってくる。扉も重くて、どぅふっという重厚な音を立てて閉まる。ちょっとやそっとじゃ潰れない鉄の塊という感じ。これが時速200kmでアウトバーンを走ることを想定して作られた車かと感心する。店員さんにいろいろワーゲンのこだわりを聞いた後、せっかく来たのだからと、T-Rocの見積もりを出してもらう。218万円。そこにさらに保証や延長保証や、全体のコーティングなど10万単位のオプションを提案される。ひとまず全て断る。話を聞いているうちに、じわじわと場違いな感覚が湧いてくる。中古車なのでいつなくなるかわかりませんが、どうされますか?決めますか?と決断を迫られるが、もちろんそれも断る。とても親切だがとてつもなく長い話を聞き終えて見積もりを受け取り、3人がかりで誘導されて店を出ると、今度はどっと疲れが湧いてきた。何か食べて帰ろうかと提案するが、家を出る前に妻が餃子の餡を作ってくれていたので、家で食べることにする。ご飯を炊いてないのでどうしようかと言うと、子供たちがカップラーメンが食べたいという。いなげやでカップラーメンを4つ買い、家に帰って家族で餃子を包む。それを食べながら、今日見た車はどうだった?と娘に聞くと、「シュッとした家には今日見たようなシュッとした車が似合うけど、このボロい家にはボロい車が似合から、今日の車は似合わない」と言い、「今日はご褒美のカップラーメンだ!」と嬉しそうに麺をすすっている。ほう、その年でなかなかわかっているじゃないかと感心する。あの車を即決で買えるような家族は、どこかレストランで外食をして帰るだろう。家族でずるずる麺をすすり、屋根裏ではがさごそねずみが走る平屋にはどんな車が似合うのだろうか。


    25日 火曜日

     ー引きちぎられた短パンジーンズで、上半身は裸の筋肉隆々男が、廃墟ビルの天井のむき出しになった配管をうんていの様に上手に進んで行く。パルクールの様に崩れた壁を回転しながら飛び越えて行く軽やかさも兼ね備え、SASUKEの様にどんどん難易度を増す障害も難なくクリアして行く。見事ゴール地点に辿り着きこちらを向いた誇らしげなその顔は、THE虎舞竜の高橋ジョージ。乱れたリーゼントをコームで直すー

     最近、美意識というものについて考えている。美意識が大切なものを見えなくしたり隠したりすることがあるのではないかと思う。シエンタやフリードなどのファミリーカーが受け入れられないのは自分の中にあるしょうもない美意識が邪魔をしているのではないかと思う。美意識がリアルから目を逸らさせる。

     以前映画制作についてのインタビューを受けた時に、「制作していると、このまま行くとダサいなと思いながらも、それでも覚悟を決めてそのダサい方向へ突き進まないと先へ進めない瞬間ってあるんですよ。」と答えたのを、インタビュアーが印象的だったと言っていたことがある。ダサい方へ突き進むというのは、自分のしょうもない美意識の外に出るということが言いたかったのではないかと、今になって思う。車選びをしながらこんなことを思い出すとは思ってもみなかった

     昨日ワーゲンのこだわりを聞きながら、美意識ではなく美学というものを感じた。このふたつの違いはなんだろうかと考える。ワーゲンには美学があって、我々のこの美学をいいと思ってくれたら買ってくださいと車が主張しているように感じて、気持ちが良い。一方ファミリーカーは、みなさんの要求にばっちり応えますので、どうぞ私たちを受け入れてくださいという姿勢を感じる。そこには美学ではなく、媚びのようなものを感じる。考えすぎだろうか。美意識でリアルを覆い隠したインスタの写真に感じる、褒められたいという媚び。などと考えが飛躍しながら、リアルと美学の天秤の釣り合うところを見極めなければと思う。

     忌引きが明けた友人から、もし遺品のレコードの中から欲しいものがあればいりませんか?と提案される。その数、7000枚。しかもコレクションがすべてリスト化されていて、何があるかすぐにわかるというジュークボックス状態。

     娘と九九の六の段を一緒に言いながら覚える。


    26日 水曜日

     朝起きて米を炊き、白菜の味噌汁を作る。

     珍しく息子が自分でパジャマから洋服に着替えている。まず肌着を着て、次にズボンを履くと肌着をズボンの中にしまうのが楽だと、着替える順番を教えてくれる。そういえばいつも着替える時にズボンをまず先に履かせていたかもしれない。彼なりの発見を報告してくれたということか。

     昨日から7000枚のレコードというのが頭から離れず、どう整理するのが最適なのか考えている。リストを見せてもらい、ジャンル別に専門店に持っていくのが良いのか、需要のあるところに持っていけば、それなりの金額になるのではないか、余計なお世話だが、せっかくならそのお金をご家族で有効に使った方がいいのではないか、などと思い、友人に伝える。

     もう解散したガールズというバンドに『ヘルホール・ラットレース』という曲がある。タイトルを翻訳すると『地獄の穴底のねずみ競争』とでも訳せるだろうか。発表された2009年当時はタイトルの意味など深く考えなかったが、今の社会状況そのものじゃないかと思う。曲もそのMVもタイトルに反し、甘美でぐっとくるので、久しぶりにユーチューブで見返す。

     仕事帰りにスーパーに寄り、ブリの刺身(鳥取県産)と、前に子供たちに評判の良かったホッケを買う。米と味噌汁は朝の残りがあるので、買った品でおかずを作って子供たちに晩飯を食べさせて、打ち合わせの為にシンボパンへ向かう。

     増田くんも来ていて、シンボちゃんと健太郎くんと竹野滞在中のスケジュールを練る。一番迷ったのは、仕事が終わり自由になった最後の夜に何を食べるか。をり鶴の寿司か、大吉のラーメンとおでんか、その両方か。

     竹野にある高砂屋という和菓子屋が11月一杯で閉店するのを知る。ここの「こうのとりどら焼き」は、食べ進んでいくと中央にお餅が出現する最高の代物だったので、12月には絶対食べようと思っていただけに残念でならない。

     かかとががさがさになって皮が剝け始める。季節のせいか加齢のせいか、それとも東京のせいか。鳥取にいた頃は冬でも湿度があり、リップクリームを使うことはなかった。それが東京に来てから冬には肌が乾燥し、かかとも荒れるようになった。山陰の冬の寒さは冷たい。東京の冬の寒さは痛い。

  • 雑感|2026年1月

    07.02.2026

     ここ数日、決まって朝6時半に聞こえてくるたくさんのヘリコプターの音で目を覚ます。おそらく近くの駐屯地から、上野原で発生した山火事の消火活動に向かう自衛隊のヘリコプターだろう。

     庭のバラの剪定をする。暖かい日が続いているので、バラが冬眠に入らず芽吹き始めているように見える。心苦しいが春にたくさん新芽が出ることを期待して、枝を短く刈り込む。
     剪定をしながら、いろんなMake America Great Againのパロディを考える。戦国時代に虫けら同然に扱われる足軽が、自分たちの地位向上を訴える集会で唱和するMake Ashigaru Great Again、気に入って通うようになったレストランの味付けがいつもと違う時に、そっと店員に耳打ちするMake Ajitsuke Great Again、などど夢想しながら剪定を終える。
     東京の冬は本当に雨が降らない。晴天の日中は暖かく、近年の夏のような秋より、この秋のような冬の方が過ごしやすいくらいだ。
     息子と公園で遊んでいると、梅の花が満開になっているのに気づく。いくらなんでも早すぎると確かめるが、間違いなく白梅の花だ。側のビオトープの湖面には氷が張っている。季節の巡りがよくわからなくなっている。

     いつも使っているスーパーが建替えのため閉店するので、最終日に家族で出かける。売り尽くしのため、いろいろなものが安くなっている。
     明らかにコートの下に何かを抱えて歩く老齢の男性とすれ違う。そして様子をうかがいながら後を付ける女性店員。そしてその女性店員の後を付ける俺。
     男性が店から出ようとすると、やはり後を付けていた女性店員が呼び止める。コートの下を確認すると、弁当ひとつと惣菜ひとつが出てくる。女性がレジで支払いを済ませるよう案内すると、男性は抵抗することなくレジへ同行する。男性が財布を出すが、中には何も入っていないようだ。レジの若い女性は男性から弁当と惣菜を取り上げ、子供を叱るように話しかけ、何かを書き込んだメモを渡す。警察を呼ぶ様子はなく、諭すように話しているところを見ると顔見知りなのだろうか。常習なのかもしれない。メモを渡されたので認知症かもしれないと思ったが、男性は「どうせ明日閉店だろ」とごねていたので、意識はしっかりしていそうだ。決してきれいな身なりではない男性に、昼飯はどうするのかと少し心配になりながら、店を出て行く背中を見送る。

     妻から、友人の息子が外資系の一流企業に就職し、初任給が45万円だという話を聞き、新卒で45万円ももらえることが果たして彼にとっていいことなのか分からないと答えると、そこに就職するまで死に物狂いで勉強をがんばったその成果なんじゃないと言われ、そういうものなのかといまいち納得できず、そのまま娘の宿題の音読を聞き始める。すると、貧しくて年を越せない老夫婦が雪に埋もれる地蔵を不憫に思い、自分たちの笠を地蔵にかぶせてあげると、その後思わぬ見返りが得られたという「笠地蔵」の話を読み始める。自分の境遇を顧みず徳を積むときっといいことがありますという道徳教育と、受験戦争を勝ち抜いた先には45万の初任給が待っていますという現実がどうつながるのか、訳がわからなかった。

     我が家のファンヒーターは灯油がなくなると「エリーゼのために」が流れる。そのまましばらく放っておくと、そのピコピコ音は、一刻も早く給油せよと激しくテンポアップする。それを聞くたびに、ベートーヴェンはまさか自分の死後に、心血注いで作った作品が、給油の合図として使われるとは思ってもいなかっただろうにと思う。
     スペインでピカソの「ゲルニカ」を見た時にも、戦争の狂気と悲惨が創作の動機になった絵を背景に、満面の笑みで記念撮影をする人たちを見ながら、作品というのは一度作者の手を離れたら、どう見られようが、どう扱われようが、それは作者の与り知るところではないのだと痛感した。
     もうひとつ印象に残っているのは、「ゲルニカ」の絵の向かいに展示してある、完成までの試行錯誤のスケッチだった。この常軌を逸した出来事に正攻法で立ち向かうのではなく、こちらも常軌を逸して立ち向かわなければ描ききれないと、そう思わされるような鬼気迫るスケッチに目が釘付けになった。

     近所に衆議院議員選挙の立候補者ポスターが貼り出された。その中の、参政党から出馬する女性のポスターを見た時に、この写真の感じは見覚えがあるぞと思った。
     体を斜めに向け、若干の上目遣いでこちらを見る女性。その表情はレタッチされたようでシワがなく、頬が赤らんでいる。
     ここ最近、LINEのトーク欄の一番上に「40代、50代男性の為のマッチングアプリ。バツイチOKの女性に出会えます。」という広告が頻出するようになった。その度に削除マークを押して広告を消しては、「ご意見ありがとうございます。今後のコンテンツ掲載に活用します。」という文言に変える。しかし次に開くとまた、バツイチOKの女性に出会えます。と同じ広告が出るので、全然ご意見がご活用されてないじゃないか!と怒りを込めて削除マークを押す。すると狙いがその小さなボタンから外れて広告をクリックしてしまう。急いで消しても手遅れで、そのせいでまた次にトーク欄を開くと、バツイチOKの女性に出会えます。と繰り返される。その広告に映る、こちらを見つめているバツイチOKの女性と、参政党の選挙ポスターの女性の感じが瓜二つなのだ。
     男性の情動を刺激しようとするグラビア写真のイメージを、ついに選挙ポスターにも流用し始めたかと、それは昨今の選挙戦略を見ているとあり得ることかと思ったが、まずそれを行なったのが、情動を刺激することを第一としてきた参政党だったということに、さもありなんと納得した。

     子供たちが昨年の紅白歌合戦でハンバートハンバートの『笑ったり転んだり』を知って以来、頻繁にYouTubeでかけるようになった。そのコメント欄を見ると、昨年妻を亡くしました。妻との日々が思い出されて涙が止まりませんなど、亡くした大切な人想うコメントで溢れている。関連動画に出てきた宇多田ヒカルの『花束を君に』も同じく、コメント欄が悲しみの体験談の披露の場となり、そしてこの歌に救われたと結ばれる。くるりの『Remember Me』に移っても同じで、歌を聴きながらそういったコメントを読むと、もちろん涙をこらえることができない。音楽は時に、聴く人を救う力を持っていると思うが、ここではコメント欄に悲しみを吐露してシェアし、それに対してコメントやいいねがつくまでが救いの作用のセットになっている。とても現代的なセラピーの場かもしれないと思った。
     その子供たちと一緒にテレビの歌番組を見ているのだが、過激な衣装やメイクで、過剰というほかない曲を歌う人たちの歌詞や主張が、非常に真面目で、時に陳腐極まりないとさえ思う。世の中の方が狂っているから、せめて音楽では正しいことを主張しようとしているのだろうか。ただ、この人たちは社会的正義を、自分の本心と勘違いしてしまっているのではないかとも思える。こと芸術においてその態度は、自分を明け渡すようで危険だと思う。もっと自分でも手に負えないものの発露が音楽だと思っているのだが、まあそういう音楽をやっている人はテレビには呼ばれないか、とひとりで納得し、イヤホンをつけてエイフェックス・ツインを聴きながらこれを書いている。

  • 日記|2025年11月13日ー19日

    07.02.2026

    13日 木曜日

     ー元メジャーリーガーのイチローと田澤が対談をしている。田澤がイチローのことを話す時に、天からの恩恵を受けし才能のイチローさんとか、まず光ありきの如しレーザービーム返球とか、口を開くたびにキリスト教的な表現が端々に見受けられ、それが気になり内容が入ってこないー

     こども園で、パパ友のあっちゃんに、無事今朝6時に第三子が生まれたと報告を受ける。

     帰って竹野での映画寄席のチラシを入稿し、その後は一日中ミュージックビデオの編集をする。
     ほとんど完成といっていい状態にまで近づいてきた。毎回編集のたびに思うことだが、よくもまあなにもないところからここまで構築したもんだと、自分で作っておきながら思う。全く想像もしていなかったものができあがっていく。もう一度初めからやれと言われても絶対にやりたくない。巨大なジグソーパズルやプラモデルをもう一度初めから作り直せと言われてやりたくないのと似たような感覚。創作というより、職人作業という感覚で作っていた。

     夕飯に川えびを玉ねぎと一緒にかき揚げにする。思った以上に身が厚くて美味かった。
     渋谷に住んでいた20代の頃、センター街の三平酒寮という安酒場で必ず注文する一品が川えびの唐揚げだったのを思い出す。

     今日は夜も残業し、編集作業をする。自営業なので残業代は出ない。ひとまずこれでいいのではというところで完成として、明日また見直すことにする。


    14日 金曜日

     朝、編集し終えたミュージックビデオを見直す。特に直す所はないと感じたので完成とし、確認してもらうためメールを送る。曲が良いと映像も良いものになるが、映像が曲の出来を補うことはないと、ミュージックビデオを作るたびに思う。

     先日ガスワン埼玉というプロパンガス会社の訪問営業があった。冬のガス代はだいたい1ヶ月1万4000円くらいになるのだが、ガスワンだとそれが1万円ほどに抑えられる。それならということで、今使っているニチガスから乗り換えることにした。営業の人は一度帰社し、菓子折りを持ってまたやって来た。そしてさらに1万円の商品券をお渡ししますからニチガスからの引き止めを断ってくださいと何度もお願いしてきた。そして今日、今度はニチガスの支店長が直々にやって来た。話を聞いていると今の価格から随分と安くなり、ほぼガスワンと同じ価格まで料金を下げるという。さらにお好きな月のガス代を1ヶ月無料にしますとも。ガスワンの営業の人の顔が頭に浮かび心苦しいなと思いながらも、お得になるニチガスを継続して使うことにする。会社同士の競争に巻き込まれて、顧客が苦い気持ちになるのはどうなのだろう。何よりも交渉しなければ年間2万円くらい高いまま使っていたというのが腑に落ちない。交渉しないだけ損だということか。

     夕方6時からシンボパンで打ち合わせがあるのを思い出し、息子の迎えのついでにスーパーに寄ってほっけの干物を買う。米を炊き、味噌汁の具材だけ切り、ほっけをグリルに入れてあとは妻に任せ、家を出る。

     アナログフィッシュの健太郎くんと竹野でのライブについて打ち合わせながら、ミュージックビデオの出来に皆が満足していると聞き、ほっとする。

     帰宅して明日のDJバイトの準備。機材を仮組みして音が出るか確認し、レコードを選ぶ。この選盤の時間が最も至福の時。


    15日 土曜日

     午前10時に立川ビックカメラ前で今日一緒にDJをする板井さんを拾い、多摩センターへ車で向かう。今回のイベントを機に、いつもDJを一緒にやっているメンバーで、Rotten Steady Crew(露店・ステディ・クルー)と名乗ることにする。その名の通り、露天環境で露店DJするクルーで、今回は多摩ニュータウンにあるデパートの前を占拠して行う裏多摩というイベントに参加する。
     大通りに向けて爆音でプレイしていると、通りがかりの子供たちがやってきて踊り始めたり、犬を抱っこしたご婦人がベンチで休憩しながら犬と一緒に踊っていたりと、見ず知らずの人を巻き込むのが楽しかった。これが露店の醍醐味で、街に自分たちで自分たちの遊び場を作る醍醐味だと思う。

     帰宅後、晩飯は娘の念願だった道とん堀へ行き、娘はもんじゃ焼きを食べる。味が濃かったので食後に隣のコンビニでみんなでアイスを買う。俺は赤城のBLACKを食べながら帰る。


    16日 日曜日

     部屋の片付けをするよう子供たちのけつを叩くが、すぐに別のことをやり始めて一向に片付かない。諦めて、春に庭に植えた里芋を収穫する。お店に並んでいるものほど大きくはないが、20個以上取れる。

     聖蹟桜ヶ丘にあるけぇどの会所という場所でやっている、平尾菜美さんの展示「a moment」へ行く。毎日の生活の中で繰り返す行為を簡潔な文字に置き換え、その瞬間を定着した文字が積み重なって一日や一週間という幅のある時間へ変化していくのが感じられておもしろかった。さりげない瞬間の奥には広大な時間が広がっている。永遠と一日。

     昨日のニュータウンも家のある郊外も、消費せよと迫ってくる空気が充満しているように感じる。新しくできる施設や畑をつぶして作られる建売住宅からも、その消費せよというエネルギーばかりが発散されていて、なんでもあるけどなにもない街がどんどん増殖しているように感じる。そんな中で誰かの創作物に触れたり、自分たちで街に遊び場を作ろうとしている人たちの活動に触れると、それだけでこちらにも活力が湧いてくる。

     帰り道、妻と息子がスーパーで晩飯の買い物をしている間、娘と車の窓に息を吹きかけ、ガラスが曇っている間に急いで絵を描き、それを交互に繰り返して絵しりとりをした。


    17日 月曜日

     顔面の4分の1が毛で覆われている。こんなにも生命力旺盛な毛根が自分の顔に眠っていたのかと驚くと同時に、毎朝せっせとせっかく芽を出した新芽を刈り取るように髭を剃っていたことに罪悪感すら感じる。見飽きた自分の顔が日に日にその印象を変えていくのがおもしろく、このまましばらくはその進行を眺めていようと思う。白髪の割合は思っていたより少なく、8対2くらいか。髭の旺盛に比例してか、前髪がわずかずつ後退している気がしないでもない。このままなにもせずに伸ばし続けいていいのか、それとも少しカットなど手を加えるものなのか、などど思い巡らせながら、なにごとも初心者というのは楽しい時間だと思う。ザ・バンドのセカンドアルバムをレコード棚から取り出し、メンバーそれぞれの髭の有り様を観察する。

     ミュージックビデオの構成のオーケーが出たので、色と明るさの調整に入る。

     午後1時、専門業者の人が来てエアコンの掃除をしてもらう。エアコン内部に水を浴びせかけるとカビと埃の混ざった黒い水となり流れ出てくる。1時間ほどで終わり、1万円支払う。

     晩飯に昨日収穫した里芋を皮のままグリルで焼き、皮をむいて味噌汁に入れる。芋もうまいが、とろみが溶け出した汁もうまい。
     露店DJの後に行った多摩センターの千歳屋というスーパーで板井さんにおすすめされて買った、北海道産の「雪誉」という納豆を食べる。大粒の大豆のうまみが口の中で炸裂してとてもうまい。今後スーパーに行ったら必ず納豆の棚をチェックしよう。

     寝る前に先日訪問を受けた、テレビ視聴についてのアンケートに記入する。厚めの冊子になっていて質問数も物凄い数ある。受け取る時に「項目が多いので全部答えなくても、できるところで大丈夫です」と言われ謝礼2000円を渡されたので答えないわけにはいかない。先週見たテレビ番組や知っている番組に答えた後、好きな芸能人の項目になり、男女200人ずつが挙げられていて、新しい学校のリーダーズや黒柳徹子、さかなクンなどに丸を付ける。娘は出川哲朗、息子はなかやまきんに君、妻は中井貴一に丸をつけていた。


    18日 火曜日

     ーホテルに巨大なワニが潜んでいる。どこから出てくるかわからないので警戒しながら館内を歩いていると、ロビーから地下に降りる階段から20メートルほどの大王ワニが飛びかかってくる。口を開いて噛み付こうとするが、大きく開きすぎたのか下顎がちぎれ、皮一枚つながった状態でぷらぷらぶら下がっているー

     息子をこども園に送る。インフルエンザAの子どもが息子の組で3人、隣の組で6人とホワイトボードに掲示してある。倉庫でのメンテナンス仕事後に迎えに行った時には、息子の組で5人、隣の組で10人に増えていた。他の組にもたくさん感染者が出ている。インフルエンザはもう嫌だ。もらって帰らないでくれと祈るばかりだ。

     先日行ったギャラリーで、映画を作ってる人ですと紹介され、するとどこで見れるんですかと聞かれ、すみません見れないんですと答える。このやり取りは今回だけでなく、頻繁に起こる。自分だったら、映画作ってるけど見れないんですってなんじゃそら!と思わず言いたくなるだろう。しょうもないコンセプチュアルアートかと。自作が最後に日本で上映されたのは8ヶ月前になる。こういう事態を回避するためには、オンラインで販売していつでも見られるようにするのがよいのだろうか。いやそもそも見たい映画がいつでも見られるというのが前提になっているのがおかしい気もする。しかし興味を持ってくれているのに見せられないというのは心苦しい。最近こういった状況に続けて遭遇しているので、なんとか良い方法はないかと考えている。


    19日 水曜日

     倉庫でメテナンスの仕事をしながら、友人のお父さんの介護の話を聞く。8年くらい癌を患っていて、最近病院から自宅療養になり、家族で交代しながら介護しているということだった。別の友人は数日前に癌でお父さんを亡くして、しばらく仕事を休んでいる。介護も別離も高齢の両親を持つ身としては他人事ではなく、近い将来自分も通る道だと思いながら話を聞く。
     病気の人をドラマチックな映画の主人公扱いせず、何事もエモーショナルになりすぎないことが大事だという話に、なるほどと思った。介護する側が疲弊しないために合理的な対応を取ることが、冷たいと感情的に処理されてしまうことが問題だと思う。

     家族で数年前の出来事の話をしていて、息子や娘がその時自分はいた?と聞いてくることがある。もう生まれてたよとか、お腹の中にいたよとか、時にはまだどこにもいなかったよと答えることもある。いた人が亡くなっていない、というのは分かるが、いる人がまだいなかった、というのは理屈は分かるが腹の底に落ちてこない。今目の前にいる人が、なにも存在していなかったということが想像できず、考えるとくらくらする。一度存在したものを無に帰す想像力に乏しい。

     一日中断続的にしゃっくりが出る。

     来年2月にアレックス・Gが来日するのを知る。

  • 日記|2025年11月6日ー12日

    06.02.2026

    11月6日 木曜日

     ーデパートの地下駐車場の入り口が水で満たされている。そこに飛び込むと水中には地上と同じ街が広がっているが、デパートやビルなど上下が反転して、上から下に伸びている。息子と一緒にしばらく泳いで街をめぐって、息継ぎのため水から顔を出す。すると今度はいつもの街が上下反転した街並みのように感じられる。街全体で芸術祭が行われていて、これもその作品のひとつらしい。他の作品を見ようと街を歩いていると、露出の多い女に声をかけられる。女は花柄のビキニを着て、その上に目の粗い網のような服をまとっているだけだ。なるほど、最初から水に潜ることを想定した格好で来ているのか。しばらく一緒に街を歩きながら話す。ダンスを生業にしているという。家族連れで賑わう公園で息子を遊ばせている間ずっと、ビキニ網女が息子の面倒を見てくれるー

     午前中は撮影日程調整の返事、ヴィンセントさんに作品リンクを送る、12月に竹野で行う映画寄席の宿泊先相談など、溜まっていた返事や連絡を済ます。

     昼飯は小松菜、えのき、舞茸、卵で適当にうどんを作り、妻と食べる。

     午後からは1週間ぶりにアナログフィッシュとモールスのミュージックビデオの編集の続きに取り掛かる。夕方まで作業し、こども園に息子の迎えに行く。晩飯は八宝菜と小松菜のおひたしとナムルを作る。久しぶりに炊事をした。


    7日 金曜日

     ー鳥取県境港市最北に祭や風習の取材のために訪れる。境港市はロシア連邦と隣接していて、市最北の森を抜けるとツンドラ地帯が広がっている。そのためか日本ではあまり見られない独特な祭や風習が今も残っているそうだ。地元の伝統を受け継ぎ残そうとしている若い女性のサークルに案内されて、断崖絶壁から激流へ巨大な鬼の人形を突き落とす「流し鬼」を見せてもらう。落下した鬼は日本とロシアのどちらへ流れていくのだろうかと鬼をたどっていくと、川は国境を越えてロシアの領土へ流れていく。視線を上げると向こうにウラル山脈がそびえ立っている。「ホント気軽に参加してくださいね~」と伝統保存サークルへ勧誘されるので、今後も通うことにする。
     売店にドーナツを買いに行く。砂糖がまぶしてあるポンテリングを水平にカットすると断面は空洞で、その空洞全てにラズベリージャムを詰めてくれるドーナツを黒人女にお勧めされ、購入するー

     息子をいつもより早くこども園に送り届け、ミュージックビデオの編集に取り掛かるが、こういう日に限って来客が多く、作業が何度も中断する。プロパンガスをニチガスからガスワン埼玉に変える手続き、テレビ視聴のアンケート、エアコン掃除の日程調整、ガスワン埼玉の人がどら焼き片手にもう一度やって来る。

     昼飯は簡単なスープだけ作り、ご飯に鯖のそぼろをかけて済ます。

     午後からも編集の続き。やっと土台が見えてきて、ほんのわずだが軌道に乗ってきたところで、娘が帰ってきて、晩飯は道とん堀にお好み焼きを食べに行きたいと言う。晩飯の準備を何もしていないので、そうすることにする。もう少し編集を続けていると、娘が誰にも相手にしてもらえずぐずっている。そのうちに息子を迎えに行く時間になり、妻にお願いする。編集をやめて娘と話すが、ますますぐずって手に負えなくなる。

     シンボちゃんからパンがたくさん残ったから取りに来てと連絡をもらう。妻と息子が帰って来ても娘は泣き止まず、今晩の道とん堀は中止にする。

     息子とシンボパンにパンを受け取りに行く。帰ると妻が肉団子スープを作ってくれていて、晩飯はパンとスープにする。

     メールを開くと、明日パフォーマンスを撮影予定の吉田萌さんから何通もメールが届いている。嫌な予感がする。以前こちらが送ったメールをたどると、11月8日に撮影に伺いますと伝えるのを、11月7日に撮影に伺いますと伝えている。つまり吉田さんは今日撮影があるはずなのに、一向に現れないので何度も連絡をくれていた。冷や汗が出る。明日の土曜日を8日ではなく、7日と勘違いしていた。完全にこちらの落ち度。その後連絡がつき、謝罪する。明日改めて撮影することになる。今後は日付だけではなく、曜日も明記して日程調整するように改めなければと肝に銘じる。

     現時点プロジェクトの皆から10月23日から11月6日までの日記が送られてきたので、全員分をひとつにまとめて読めるようにする。


    8日 土曜日

     ー友人の紘良くんと広い公園で銀杏の掃除をしている。かき集めたたくさんの銀杏をてみに入れて、公園の端にある溝に捨てる。空には満月が出ていて、紘良くんが「僕はこの角度から見上げる月が好きなんだ」と中腰で月を見上げている。それに習って中腰になり一緒に月を見上げるー

     午前10時に家を出て、車で上野へ向かう。途中立派なお寺を通り過ぎ、そこが護国寺だと気づく。護国寺といえば群林堂という有名な和菓子屋があり、かねてからそこの豆大福を食べるのが妻の念願だった。ということですぐさま引き返し、群林堂へ向かう。少し行列はあったものの売り切れる前に買うことができた。

     お昼に上野に着き駐車場を探すが、どこも満車なので少し離れて、撮影場所にも近い谷中霊園そばのパーキングに止める。撮影前に家族で昼飯を食べようと歩くが、めぼしいところが見つからず、上野まで来たのにもかかわらず近所にもあるデニーズに落ち着く。子連れだと結局ファミレスがいろんな心配をせずに、無難に食事を済ませられる。食事を楽しむというのではないこの申し分のなさは、シエンタやフリードの申し分のなさにも通じるものがあるように思う。

     妻と子供たちは撮影の間、来年2月にいなくなるパンダに会いに上野動物園へ向かう。

     パフォーマンスは「脱衣所」という古いアパートの2階の6畳間で行われた。吉田さんのパフォーマンスは今回も人前で表現することの畏れを隠さず、それと向き合う真摯なものだった。撮影は今眼の前で起こっていることを取りこぼさずにどう写し取れるかという真剣勝負で楽しかった。「脱衣所」のあるアパートは取り壊され、このスペースも今回の公演を最後に閉じるらしい。街の中にノイズを起こす場所がなくなるのは惜しい。

     撮影を終えて、上野動物園へ家族を迎えに行く。帰路の途中で妻から、行きたかったあの店に行ってみたらと提案があり、急遽晩飯に念願だった梁山泊の肉あんかけチャーハンを食べる。肉山脈のような強烈な見かけほどしつこくなく、あっさりしていて美味い。レバニラもしつこくなくていくらでも食べられる。子供たちも残さず食べきる。会計を済ますと昼飯のデーニズと同じ金額だった。にもかかわらずこの満足感の大きな差とはこれ如何に。

     帰宅して、家族で群林堂の大福にかぶりつく。大ぶりでそのほとんどがあんこ。そしてそのあんこが美味い。感覚としては、あんこ9対牛皮1の割合。そこに歯応えのある豆が抜群の存在感を残す。ひとつ250円の大福と、ひとつ800円のモンブランのこの満足感の差とはこれ如何に。

     今日は家族全員の念願が叶ったインフルエンザの快気祝いとなった。


    9日 日曜日

     ー細かく切った茄子を塩もみし、そこにみょうがと鰹節をたっぷり加えて和えたイメージだけが残っているー

     雨が降っている。午前10時くらいまで家でのんびり過ごす。送られてきたみんなの日記を読み、中山さんが東京に里帰りしていることが分かったので昼飯に誘う。

     羽村の福島屋本店で待ち合わせをする。新青梅街道が混んでいたので遅れて到着すると、中山さんはすでに1万円くらい買い物をしていた。次の予定まで時間があまりないということで、そのまま樹樹という喫茶店に向かう。1時間ほどしか話す時間がなかったが、パスタをすすりながら近況を聞く。みんなの日記を読んで、未就学の子どもがいるせいか、中山さんと俺の日々が慌ただしく、なんとか日々をやりくりしている感じが伝わってきて、河原さんの幼子と過ごす日々を読みながら、子どもの感情や表情にもうちょっと丁寧に向き合わないとな、と感じていたことなどを話す。

     中山さんを羽村駅まで送り、我が家は久しぶりの福島屋をじっくり見て回る。無双番茶や久保田のアイス、鹿児島のふくれというお菓子、娘の好きなエビとブロッコリーのガーリック和えなど、以前近所にあった時に食べていた美味しかったあれやこれを買って帰る。途中ジョイフル本田に寄って、娘の鉛筆削りを買う。

     帰って大相撲の初日を見ようとテレビをつけると、東北の地震のニュースで相撲中継は中止になっていた。実家の両親から伯桜鵬、金星!とLINEが届く。BSでは中継が見られるようで、豊昇龍に押し出しで勝ったそうだ。


    10日 月曜日

     午前8時半からミュージックビデオの編集に取り掛かる。曲がとにかくかっこいいので、それを損なわないようにレコーディング風景の良い瞬間をふんだんに盛り込む。編集しながら何度も興奮し、いやぁかっこいい、これは名曲だな、などとひとりごちてなかなか手が動かない。これは編集中にあることで、いいものができあがっていると実感すると、集中よりも興奮が勝ってしまい、居ても立ってもいられなくなり、そわそわして手が動かなくなる。

     昼飯は豚丼を作り、ささっと済ませて編集の続きをする。

     レコーディング撮影中に感じた、いろんな楽器が重なっていくたびに曲に魔法がかかるあの瞬間を、映像からもちゃんと感じられるようにしなければならない。みんなが自分の役割の範囲内で、曲が良くなるために最大限貢献しようと努めているのを間近に見て、バンドっていいなと思う。普段個人制作をしている身なので、みんなで楽しそうに作っている姿を羨ましく思う。俺も映像という自分の役割内で、曲のために最大限貢献しようと思いながら編集を続ける。

     一日中家の中でパソコンに向かっていたので、夕方少し散歩する。西の空の散り散りの雲が黄金色に染まっている。学校帰りの娘と会い、一緒に帰る。黄色と赤に紅葉した桜の落ち葉を何枚か拾っていると「小学生じゃないんだから」と呆れたように娘が言う。西の空の雲が茜色に変わっている。ということを日記に書こうと思いながら空を見ている。強制的に日記を書くようになって、書く以前の日々では見過ごしてしまうことに目を向けるようになったように思う。


    11日 火曜日

     倉庫で近江の水屋箪笥を一日かけてメンテナンスする。

     数日前にインスタのアプリをスマホから消した。これでパソコンからしか見られないようになった。そして夕食後、もしくは風呂を上がって以降はLINEなどの返信をしないように決めた。スマホはダイニングルームに置いて、リビングや寝室には持ち込まない。そうするとゆっくり日記を書く時間が持てるようになった。子供と話したり、子供とテレビを見たりする時間にもなる。Awichが『Bad Bitch 美学』で「インスタの前に日記開く」と歌っていたのを思い出す。一日を振り返る時間が持てるのも、日記を書くことのいい部分だ。

     そういえば週末に行った群林堂も梁山泊も樹樹も会計は現金のみだった。そういう店を選んでいるわけではないが、気になって行ってみた店、気に入ってよく行く店は現金のみの確率が高い。それは、いいなと思う店が老舗の個人店だからという理由もある。そしてそういう店には、二度と行けなくなる前に一度でも多く行こうと思う。

     日記に夢を書くようになってから、夢をよく見るようになったし、起きても覚えているようになった。というこの時期を逃してはいけないと思い、ずっと本棚に眠ったままだったミッシェル・レリスの夢日記『夜なき夜、昼なき昼』を引っ張り出して読み始める。


    12日 水曜日

     ー飲食店の並ぶ地下街を歩いていると背後から歌声が聞こえる。振り返ると路上で歌っている女。女のシャツははだけていて胸が露わになっている。その胸に乳房はなく男の体だ。一曲歌い終えた女は「私は歌うことで私の中にいるふたりの人間を解放できるようになりました」とMCをして次の曲を歌い始めるー

     河原さんの日記を読んで久しぶりに仲代達矢のことを思い出していたら、92歳で亡くなったという訃報をテレビで知る。

     大学生時代に当て所なく自転車で走っていると高級住宅街に迷い込み、目の前に現れた急坂をなんとか自転車を降りずに登りきったところに石碑があり、「無名坂」と掘り刻まれていた。そして息を荒げながら視線を上げるとそこには「無名塾」と看板の掲げられた施設があった。ここに仲代達矢がいるのかと、とても無名とは思えない存在を感じたのを思い出した。

     倉庫でメンテナンスを終え、隣のピーコックに寄ると宮城県で取れた生のムール貝が13個入って半額の400円になっていたので買って帰る。川えびも半額の120円だったので、こちらも買う。どちらも初めて買う食材だ。

     川えびの賞味期限は明日までだったので冷蔵庫にしまい、ムール貝を酒蒸しにする。生だからかふっくらぷりぷりの今まで味わったことのない食感だった。

  • 日記|2025年10月30日ー11月5日

    05.02.2026

    10月30日 木曜日

     ー友人の作った映画をVHSテープで見せてもらう。
     主人公の男子高生が川の向こう岸を自転車で走っているのを、カメラはこちら岸からゆっくりと併走しながら撮影している長回しのショット。カメラは途中で橋を渡り、男子高生の自転車と合流し今度は後ろ姿を追いかける。狭い路地に入ったところで信号が赤になり、男子高生が信号待ちをするその間も、カメラはずっと回っている。するとフレーム脇から蕎麦屋の出前のカブが現れ、カメラの真ん前に停車する。男子高生は陰に隠れて見えなくなる。カブの荷台には岡持ちではなく、背丈2メートルほどもある秋明菊の株が載っていて、長い間、画面中央でゆらゆら揺れている時間が続く。それを見ながら、これはシナリオにはないハプニングではないかと思うが、そのことを友人には聞かなかった。
     次のテープをビデオデッキに入れて続きを再生してもらうが、そのテープにはタイトルのラベルもなにも貼ってなく、果たしてちゃんと順番通りに見られているのか定かではない。
     次のテープでは老婆がカメラの正面に座り、長い間使い続けてぺちゃんこになったエナメル加工された赤いクロコダイル皮のハンドバックについて、その思い出を延々と語る長いワンシーンワンショット。そもそも違う映画なのではと疑問に思うほど話が繋がっていないー

     とうとう息子も発熱。妻だけが罹患していないので、家のことと看病を全てやってくれる。

     今日も一日寝込んでいた。解熱剤を飲んだ分だけ体は楽になる。親戚が差し入れてくれたフルーツを食べる。これもゼリーと同じく、病床でしか味わうことのできない格別な味。

     窓の外にまだ小さなシジュウカラがいるのを見つけ、しばらく眺めているとヒヨドリがやってきて、シジュウカラを追い払ってしまうのを一通り眺めながら、なんとも病人らしい時間だと思う。

     娘の吐瀉物を片付ける。病人が病人の世話をする。左の二の腕に発疹が出る。


    31日 金曜日

     解熱剤を飲まなくても熱が37度代に治り、いくらか楽になる。

     あまり眠ることもなくなったので、友人が置いていった『闇市』という戦中戦後の闇市が描かれた11編から成る短編集を読む。太宰治、鄭承博、永井荷風、平林たい子、坂口安吾、中里恒子、どの短編に出てくる人物にも胸を打たれたが、特に野坂昭如『浣腸とマリア』の最後の母子の姿に落涙。

     それにしても病に伏している時くらいしか、ゆっくり読書の時間を持てないというのはいかがなものか。病気という非日常時のおかげで、日常では気づかないことにいろいろと気がつくものだ。


    11月1日 土曜日

     熱が36度台に治り、だいぶ体が楽になったので、3日ぶりの風呂に入る。久しぶりに鏡の前に立つと、ずっと床に伏していたせいで髪がゴッホの絵の糸杉みたいになっている。この部分だけ重力が働いていないのだろうか。

     久しぶりに掃除など家事を少しだけやり、家の周りを散歩する。しかし動くと体がだるくなり、しばし眠ることにする。

     昨日は何もハロウィンらしいことのない一日だったので、娘が「ハッピーハロウィンをいいつくそう!」と書かれたポスターを掲示し、チケットやお菓子交換場所の地図などを独り言を言いながら作っている。押入れ下段の子供たちの秘密基地スペースに、どうぶつきっ茶店という暖簾も出して、営業も始めている。息子もベッドから起きて、以前のように何かになりきって家の中を駆け回っている。子供たちの回復力の早さに感心する。
     ひと眠りして起きて、子供たちとしばし遊ぶ。
     夕食後、娘が結婚記念日おめでとうと、部屋に活けてあった花を自分なりに組み合わせて花束をくれる。正確には今日は入籍日ではなく、11年前の今日祝言を挙げた。

     夜、インスタのDMにイタリアの映画研究者でキュレーターでもあるヴィンセントという男性から、彼が選考委員に加わっている映画祭に作品を提出してもらえないかという連絡が届いているのに気づく。加えて、過去作も見せてもらいたいと。了承の旨を伝える。


    2日 日曜日

     落ちた体力を戻すため、近所を散歩する。
     ピーコックに立ち寄って例のぶどうゼリーを買い、人気のない公園のベンチにひとり座り、今一度じっくりと味を確かめる。なんということのない並のぶどうゼリーに変わっている。

     家に戻り、昼飯に妻が作ってくれていた、志麻さんがテレビで作っていたというポトフを食べる。大根や人参、さつまいもや玉ねぎが切られずにそのまま入っている。それを皆で取り分けて食べる。その美味しさもさることながら、家族で同じ皿のものを食べられるようになったことに日常が戻ってきた感覚を得る。

     午後から家族それぞれ自分の自転車に乗り、4台並んで玉川上水沿いの雑木林の中の道を小平方面へ向かう。途中お茶をしようと思うがなかなか見つけられず、結局病み上がりにもかかわらず1時間半ほど走ることになる。所々黄色く色づいた葉の間から、傾いた日が差す。
     鷹の台駅そばの喫茶シントンに腰を落ち着け、レモンケーキとモカケーキを食べて一息つく。店を出て、隣の呑み屋の軒先で焼き鳥を焼いているおばちゃんに若鶏、つくね、レバーを頼むと、お皿で手渡され、その場で立ち食いするスタイル。国分寺線の車窓の明かりがおばちゃんを照らす。次はお店に一杯やりに来ますと伝え、真っ暗闇の玉川上水沿いを帰る。
     26年前、鷹の台駅隣のセブンイレブンで『Automatic』が流れていて、これが今話題の新人宇多田ヒカルか、と知ったのを思い出す。夕飯はポトフの残りを食べる。


    3日 月曜日文化の日

     ー運転席を降りて扉を閉めると水色のランドクルーザーが勝手に走り出し、慌てて追いかけるものの先へ行ってしまう。ダッシュボードに刺さったケーブルが運転席の開いた窓から伸びてヘッドフォンにつながっていてるが、それも引っ張られて頭から外れると、一緒にどんどん先へと行ってしまう。ランドクルーザーに引きずられたヘッドフォンが、逃げ出した犬と長く伸びたリードのようだと思いながら横を見ると、青い大型バスの運転席でインドネシアの小学生4、5人がバカ笑いしながら大きなハンドルを回している。バスの運転手らしき人はいない。するとバスは急発進でバックし始め街の中を突き進むー

     両脇腹に汗疹が出る。

     風が強く、雲が早く流れ、晴れたり曇ったり、時々雨が降ったりしている。

     午前中、みのーれ立川で葉付き大根、人参、白菜、葉付きのかぶ、ブロッコリー、ピーマン、さつまいも、油揚げを買う。蓮根はもしかしたらスーパーのほうが安いかもしれないと思いながらも、まあ揃えてしまおうと一緒に買う。さえきに寄って鳥もも肉、冷凍うどん、玉ねぎをカゴに入れて、蓮根を見てみるとやはりだいぶ安い。先ほど小さめのものを買ったので、追加で大きなものを買って帰る。

     昼飯にきつねうどんを作る。妻がまたポトフを仕込んでくれる。昨日は蓮根は無く、鶏肉が胸肉しかなかったので、今回はもも肉で作る。

     家族でモノレールに乗る。車窓から頂上に雲をまとった富士山を眺めていると、大きな倉庫の駐車場に虎の顔の書き割りが立てられているのに気づく。木下大サーカスがやってきて準備をしている。

     立川南駅で降りて、散策をする。最近ギターに興味を持ち出した娘と中古楽器屋に行き、ボディの小さいギターを弾かせてもらう。娘にはまだ少し大きくて弾きにくそう。その後、妻が気になっていたというケーキ屋に寄ってモンブランと杏子のムースみたいなものを買う。
     1時間ほどの散策中、息子はずっと落ち葉を拾い集めていた。駅にあった木下大サーカスのチラシを見ながら、モノレールで帰宅する。富士山には雲ひとつ無かった。

     早速ケーキを食べる。寄ったケーキ屋にモンブランがあると必ず食べるようにしている。このお店のものは栗の濃い味がするものの、それ以上の印象はない。ひとつ800円。

     晩御飯にポトフを食べる。相変わらず美味い。もも肉の分だけ味のこくが増している。蓮根も美味かった。


    4日 火曜日

     倉庫へ出勤する。娘は小学校、息子はこども園へ行った。今日から皆が日常に復帰する。

     メンテナンスをしながら友人と、フリードやシエンタを買おうと思える人ってどんな人なんだろうか、と話す。まあ、ごく普通の家庭だよねという意見。すると妻からLINEが届く。東京郊外に新築建売を購入して住む家族(子供3人の5人暮らし核家族)のお宅に新車が納品、白い最新型フリード。築50年の庭付き平屋に賃貸で住む2件隣の我が家。ごく普通の家庭とはこれ如何に。


    5日 水曜日

     ー扉の空いたエレベーターの中で、4歳の少女2人が自分たちと同じくらいの大きさのクロミちゃんのぬいぐるみを抱えて手招きしている。誘い込まれるように小走りなって、こちらも同じクロミちゃんのぬいぐるみを抱えてエレベーターに飛び込む。振り向くと扉の開ボタンを押して待ってくれていたのは少女たちのギャルママ。Jリーグのなんとかカップが開催されている42階のボタンをスパンコールでデコられた長い爪で押す。エレベーターの中はギンギラギンにメタリックでいたるところがスパンコールでデコってある。
     到着すると窓の向こうに、秋空の下一面茶色く枯れた芝生が広がっていて、黄色いユニフォームの選手たちがウォームアップをしている。どうやら柏レイソルの選手たちのようだ。中に入ろうとすると警備員に止められるが、中に自宅がありますと告げると通してくれる。対戦相手の白地に赤い文字のユニフォームには見覚えがないが、配色的に中央大学かもしれないと見当をつける。
     ゆっくり試合を見ている暇はないですよとギャルママに急かされる。なぜならこれから発表会の本番が迫っているからだ。自宅に戻ると大広間では宴会が行われていて、舞台上で浴衣に車掌さんの帽子をかぶった中川礼二が、配膳する中居さんたちに笛を吹き指をさしながら指示を出して、完璧に支配している。酔っ払う人たちの間に手を入れて、机の下から楽器を取り出し、袋に詰める。家族でダーディー・プロジェクターズの『Overload』を演奏するのだ。会場はここではなく近所の公民館。潰すとピヨと鳴るビニールのおもちゃのような楽器を腹にテープでくっつけて、何度も潰してその鳴りを入念に確認するー

     夢日記を書くようになってから、目が覚めても夢を覚えているようになった。

     そういえばインフルエンザになってから一度も髭を剃っていない。毎朝やることがひとつ減るだけで時間の余裕が持てる。髭には3割ほど白髪が混じっている。このまま伸ばすとどうなるのか試してみるのもいいかもしれない。防寒にもなるだろうか。

     今日は昨日とは別の倉庫で、ひとりきりでメンテナンス作業をする。チェスト、サイドボード、椅子、スツールのメンテナンスを終える。作業の間、XTC『ブラック・シー』とアート・リンゼイ/アンヴィシャス・ラヴァーズ『エンヴィ』を通して聞き直す。

  • 日記|2025年10月23日ー29日

    05.02.2026

    2025年10月23日 木曜日

     ー袖から舞台に出るとDA PAMPが『U.S.A.』の熱唱中。しかし舞台にはキーボードが1台しかなく、すべての音はそのキーボードの内臓スピーカーから発せられている。メンバーがその周りを取り囲み例の踊りを踊っている。カモン・ベイビー・アメリカの、アメリカの部分のメロディーがアメリカ⤵︎と下がるのでなく、アメリカ⤴︎と駆け上がっていく耳馴染みのないメロディーだ。熱狂のフロアをなんとかくぐり抜けてロビーに出ると、そこは武蔵村山イオンモール。エスカレーターを降りていると友人に「お前の知らない奴だけど話してみて」とスマホを手渡される。事情を説明しながら話しかけるが、なんの応答もない。だが明らかに不機嫌な気配は伝わってくる。失礼しましたとなぜか謝り、電話を切る。釈然としないー

     午前中から次の映画寄席で上映するために、2012年に秋田県大館市で撮影した獅子踊りの映像を編集する。
     「全部口拍子で覚えるんだ、口伝えで覚えるんだ、楽譜もなんもない。まず入ってくるところは、ちんちんしゃあらいとうのつくたんつくたん、って入ってくる」と幼少期に踊りの拍子を徹底的に叩き込まれた体験を、カメラ越しに生き生きと語りかけてくる篠村三之丞さんはもうこの世にいない。
     「俺は小学校しか出てねえんだ、小学校しか。でも弟たちだけは学校に入れてけろって親に頼んだんだ。家業は俺が継ぐから、田んぼもなんも俺がやるから、俺が働いて学費続けるから、弟たちだけは学業を続けさせてけろって。それで学校さ入れたんだ。弟たちは今でも言う、兄貴のおかげだって。仕方がない、現実とはそういうもんだ」と笑いながら話す三之丞さんの目は鋭くこちらを見つめている。あれから13年の時間が流れ、この視線を今の自分はちゃんと見つめ返せるだろうかと自問するが、その自信はない。

     昼飯は残っていたひき肉とキャベツを炒めてご飯と和え、目玉焼きを添えて食べる。

     夕方までかかり、語りの部分の編集を終える。こども園に自転車で息子を迎えに行く。思った以上に寒く、薄着で出てしまったことを後悔する。帰ってからも少し寒気が続くので、子供たちと一緒に9時半くらいに就寝する。


    24日 金曜日

     朝から息子が庭に棒を立て始め、その周りを木の板やプラスチックの棒で囲み何かを作っている。
     「住職にお祈りする所」と完成したものを説明してくれる。親しくしていた町田にある簗田寺の住職が夏の終わりに亡くなり、家族で参列したことが印象に残っているのだろう。その日、子供たちは生まれて初めて棺の中に亡くなった人を見た。

     午前中から昨日の編集の続きをする。獅子踊りについての語りの部分に、実際に踊っている場面を加える。

     昼過ぎに父がやってくる。先日父の兄が86歳で亡くなり、その葬儀を昨日済ませ、鳥取に帰る前に秦野市から立川に寄り、何泊かする予定だ。
     葬儀は故人の希望により特定の宗教的要素を排した簡素なもので、20人ほどのごく親しい人たちだけが集まったそうだ。父は自分の葬儀も同じようなものにしたいと言っていた。

     夜、シンボパンに集まり12月に豊岡市竹野町で行う映画寄席の打ち合わせをする。
     往復の交通手段を車にしようとレンタカーを調べると、ガッツレンタカーの破格の低価格に驚く。何か提案をすると増田くんが、車種による燃費の差や時間帯での高速料金の違いなど具体的な数字をすぐに提示してくれる。こちらが膨らますアイデアをどんどん具体的に前に進めてくれる自分の周りにはいないタイプで、シンボちゃんと感嘆する。


    25日 土曜日

     ー飛行機の窓から雲海の写真を取る。すると写真には紫色の太い光の束が稲妻のように走っている。どうやらそれは目に見えないはずの紫外線らしい。その写真をインスタにアップしようとしているー

     しとしと雨が降っている。近所のデニーズに親戚で集まり朝食を食べる。叔父の友人のディディエという男性がマドリッドから来ていて、同席する。

     家に戻り、獅子踊りの映像の編集の続きをする。週末に雨が降ると子供と外出できないので、彼らが家の中でエネルギーを発散し始めて、一瞬のうちに部屋が荒れる。

     息子がゴジュウジャーのロボット付きのお菓子が欲しいと言う。以前ららぽーとのおかしのまちおかでそのお菓子を見つけた時に、お手伝いしてお小遣いを貯めたらそれで買っていいよと言ってから、散らかした部屋をごくたまに徹底的に片付けては、「とと、お金ちょうだい」と言うようになった。
     午後2時過ぎに、雨なので車で近所のららぽーとへ向かうが、案の定近隣はららぽーとへ向かう車で渋滞している。5時からの映画寄席まで時間がないので、隣接するケーズデンキに駐車して、歩いてららぽーとへ向かう。
     おかしのまちおかまでたどり着き、件のお菓子を見つけてよく見ると、ひとつだけ買ってもロボットは手に入らず、6種類全部買って部品を組み立てるとロボットは完成するという代物。仕方あるまいとひとつ手に取りレジに向かうと、店内を1周するほどの恐ろしい長蛇の列。するとLINEに今日の映画寄席を1時間早めて、4時からにできないかという一報が届く。ここで30分以上潰すわけにはいかないので、代わりにスーパーでキャラパキを買おうと、行列から離れようとしない息子を説き伏す。説き伏せられないので、担ぎ、その場を離れる。
     スーパーには恐竜のキャラパキはなく、ちいかわのキャラパキしかないので、ここでも息子の欲求は満たされない。「OK余裕、映画寄席の帰りにどこかスーパーに寄って買おう」と提案し、ららぽーとを脱出。すると息子は歩こうとせず肩車をせがむ。傘をさしながら肩車は不可能なので、交渉しておんぶに譲歩してもらう。しかしそれも難儀な歩行で、ほとんど傘もおんぶも機能していない這々の態で車にたどり着き、帰宅する。すぐさま機材と妻、娘、父も載せて、簗田寺へ1時間のドライブ。
     映画寄席開始にはなんとか間に合い、できたてほやほやの獅子踊りの映像も無事に上映を終える。その間息子が定期的に寄ってきて、お客さんにも聞こえる声で早くキャラパキを買いに行こうと提案してくる。上映後の懇談会中も寄ってきては捲し立て、とうとうしびれを切らしてキャラパキ!と吠える。すると同じく退屈した息子さんとコンビニに息抜きに行って戻って来たお父さんが、これどうぞと差し出してくれたのは、キャラパキ。ちいかわのキャラパキ。


    26日 日曜日

     今日も朝から雨。鳥取に帰る父を、車で立川駅そばの空港連絡バス乗り場まで送る。

     衣装ケースの夏服を冬服に衣替えする。秋服を着るタイミングがない。冷房装置の夏が行けば、暖房装置の冬が来た。

     昼飯は家族で近所のラーメン屋に行く。ねぎではなく、みじん切りの玉ねぎが乗った八王子ラーメンを食べる。

     その後、来年1月に車検が切れる28万キロ走ったキューブに代わる車を探すため、近所にある大きなホンダのショールームを訪れる。中古のフリードを見る。家族4人が乗るには申し分ない広さ。中古のステップワゴンを見る。子供たちがホテル!ホテル!と車内の広さに狂乱している。
     次にトヨタのショールームを訪れる。家族で車を降りるなり、ボクシーですか?と販売員に尋ねられる。もちろんボクシーも申し分ない。そして中古のシエンタを見る。こちらも申し分ない。申し分ないのだが、いや申し分ないからなのか、この車に乗ることに微塵も気持ちが高揚しない。おそらく買い換える車の正解はフリードやシエンタだとわかっているのだが、受け入れられない。フリードやシエンタは私たち家族と私たちの要望をそつなく快く受け入れてくれているのだが、こちらが受け入れられない。
     「仕方ない、現実とはそういうもんだ」という三之丞さんの言葉が、耳の奥で木霊する。


    27日 月曜日

     娘が発熱したので小学校を休む。となると案の定、息子もこども園に行きたくないとごねる。仕方なく息子も休むことになる。寝込む娘、リモートで仕事する妻を横目に、体じゅうにいろんなものをセロテープでくっつけ、顔にもくっつけ、さらに青ボールペンで顔にペイントし、刀を振り回し見えない敵と戦う息子。ここ、押してみて?と体にくっついたプラスチックケースを押すと「うぇいうぇいうぇい!」と吠えて走り出す。部屋はみるみる荒れていく。

     夜になっても娘の高熱は治らない。風呂に入っていると、妻に呼び出される。何事かとバスタオル1枚で飛び出ると、娘が「ここにも黒いものがいる、ここにもいる」と目を見開き指差しているが、その先に黒いものは見当たらない。こわいこわいと泣きながら恐怖で震えている。夜中にもまた起き出して、同じ幻覚を訴える。


    28日 火曜日

     ー断崖絶壁の海沿いの廃墟ホテルで祭が行われている。ある一室では床が陥没したところに海水が流入しプールのようになっていて、大きな魚が何匹も泳いでいる。バザーでは中世ヨーロッパのアンティークのブローチや髪留めがたくさん売っているその隣で、はっぴにふんどし、ねじり鉢巻きの男たちが焼き鳥を焼いている。香ばしい煙が中世のホテルの回廊を覆う。プールサイドにいた目つきの鋭い白人女に声をかけられ、プールに腰まで浸かり健康維持のために一緒にウォーキングをする。女とプールの底に潜って、そこからホテルの外に出る。断崖絶壁の淵に立ち、岩壁に砕ける荒波をふたりでしばらく見ているー

     朝になっても娘の熱は下がらない。今日も学校は休み、小児科に見てもらうことにする。やはり行きたくないとごねて大泣きする息子をなんとか自転車の後ろに乗せて、こども園に向かう。その道中も背後でずっと泣いている息子。先生に預ける時も足から離れようとしない。先生に協力してもらい、なんとかこども園を後にする。

     今日は古道具屋の倉庫で、店に並べる前の品物のメンテナンスをする仕事。嫌がり泣く子供を無理やり置いて行くのは、仕方ないとしてもやはり気持ちのいいものではない。こういうことの後は、いつも心がざわついたまま仕事をすることになる。

     妻から娘はインフルエンザAだったと連絡がある。昨夜の幻覚は症状のひとつらしく、この年頃の子供に多いということだった。そして学校から、娘の学年は学年閉鎖になったと連絡があった。感染している疑いがあるため、これから息子をこども園に迎えに行くという。自分も疑いがあるので、仕事を早退する。

     帰るとインスタのDMに音源データが届いている。10月初旬にアナログフィッシュとモールスが共作した『HEISEI IMOKENPI ONDO』という曲のレコーディングを撮影した、その時の音源がほぼ完成したということで送られてきた。
     経過観察のため今日明日は古道具屋の仕事が無くなり時間が空いたので、早速その曲のミュージックビデオの編集を始める。小淵沢のレコーディングスタジオは寝泊まりと自炊ができ、山小屋のようでその親密さが音にも表れている。その音像から、ザ・バンドのピッグピンクも同じような雰囲気のスタジオだったのかなと妄想が膨らむ。

     夕方になり寒くなってきたので石油ファンヒーターを出す。晩御飯は鍋にする。

     息子は今日も昨日と同じく、身体中にいろんなものを貼り付けてはしゃいでいる。そしてトイレに行く回数が増えている。うんちがどんどん柔らかくなっている。これはおそらく感染しただろう。この連日のハイテンションは、症状のひとつだろうか。明日には熱が出ているだろうか。

     娘がまたうなされて泣きながら起きる。


    29日 水曜日

     息子の心配をしている場合ではなかった。体がだるいので検温すると38度9分の発熱。

     夕方まで寝込んで、病院に行く。やはりインフルエンザAをもらっていた。
     薬局で処方箋の薬を待つ間、感染対策として外でパイプ椅子に座らされて待たされる。寒い。学生時代に新聞配達のバイトをしていた友人が、冬の未明、寒さと孤独が重なると人は死ぬ。と言っていたのを思い出す。
     帰宅し、子どもたち用に買っていたぶどうゼリーを食べる。ずいぶん久しぶりに果物ゼリーというものを食べたが、恐ろしく美味い。病に伏している時のゼリーがこんなにも美味いとは、これは発見だ。こんなに美味いのなら、たまに発熱するのも悪くないかもしれないと思うくらい美味いが、これは熱にうなされているが故のうわ言だろう。しかし平常時には味わえない、格別の味というものがあると知る。

  • 水道橋駅の立ち食い蕎麦屋で

    07.12.2025

     前回のブログで盗み聞きした会話について書いたので、今回も記憶に鮮明に焼き付いて離れない盗み聞きした会話を記したいと思う。盗み聞きと言うと人聞きが悪いかもしれないが、どうにも聞き逃せなかった味わい深い会話として皆様にも聞いてもらえればこれ幸いである。

     スマホの中も年末の大掃除を始めている。メモアプリに大量に残された走り書きにその会話は残されている。削除する前にこちらに転載し成仏させようと思う。時はちょうど3年前の2022年の師走、処は飯田橋駅の立ち食い蕎麦屋。

     お昼もずいぶん過ぎた頃に用事を終えて逃していた昼飯にと水道橋駅改札出てすぐの立ち食い蕎麦屋の暖簾をくぐる。立ち食い蕎麦といっても壁沿いには椅子があり、そこに座してかき揚げうどんを待つ。西で生まれ育った私には蕎麦は馴染みのない食べ物であった。蕎麦を食べるのは年に一度の年越し蕎麦のみ。日頃すする麺といえばもっぱらうどんであった。その名残りか東京に居を移してもうどんをよく食べる。はじめはそのどす黒い汁に辟易したものだったが今となってはその黒汁にかき揚げをどぶと浸け崩し、うどんと一緒にすするのがこの上ない喜びとなっている。しかし東京でうどんを頼むのにはなかなか度胸を要する。時間を惜しむサラリーマンで雑踏するカウンターで次々と注文される蕎麦の群れに迅速に対応する滑らかな流れの中に、楔を打つようにひとりうどんを差し挟むのは店内に湯気と共に醸成されたグルーヴを乱している感が否めない。加えてうどんは蕎麦のようにさっと湯通しすればよいというのではなく、しばし湯につけて待たねばならずひとりカウンター脇に避難してできあがりを待つためここでもまた店内グルーヴを乱してしまう。そして何より店の暖簾には蕎麦と銘打たれている。その日も針のむしろに座した気分でうどんを待っていた。すると聞こえてくるのは齢20半ばのふたりの令嬢の雑談。遅い午後のため人が多いとは言わないが、よそ様のことなど全く意に介さず臆することなく離れたところからでもはっきりと聞こえてくる声。

     「友だちのあれが不順で」
     「あー、ストレスと過労で一発で狂うからね。痩せてんの?」
     「いや普通。8ヶ月来なかったから病院行ったらバチボコ怒られて」
     「当たり前体操〜!いや普通子供できたんじゃないかって不安になるでしょ」
     「でも妊娠のためのイベントやってないから。食生活が乱れてんだよね、1日1食だから」
     「あー痩せはしないけど、栄養は足りずってやつね。まじ頭痛いわ。話題変えね?」
     「そうそう、その子頭痛いんだよね」
     「いや、私のこと。あーまじ頭痛くなってきた」
     「気圧?」
     「気圧」
     と立ち上がりどんぶりをカウンターに下げてスマホをいじりながら店を出て行くふたり
     「実家の天気見たら、雨雪雨雪だって、まじ辛、かわいそ〜」ガラガラ、ピシャン。

     はじめはうどんをすすりながら何気なく聞いていた会話だったが、「バチボコ」という言葉をフックに、抑揚に富んだ「当たり前体操〜!」で一気に相手の間合いに引き込まれ、うどんをつまむ箸を止めて聞き入るとそこへ、「妊娠のためのイベント」という男女のねんごろを表現した未だかつて聞いたことのないパンチラインに打ちのめされ、危うくマウスピースではなくうどんを撒き散らすところをすんでのところで持ち堪えた。そして正月の帰省のためか実家の天気を心配するエピローグにはなんとも心温まる人情噺の趣さえあるではないか。

     こうして急いでスマホにメモを取るはめになったわけだか、それにしてもまだ見ぬ活の良い言葉というものは、いつも唐突にごろんと路上に転がっているものだなあと感慨に浸りひたひたのかき揚げを頬張ったのであった。ごちそうさまでした。

  • 山形国際ドキュメンタリー映画祭2023の思い出 | フィルムライブラリー

    03.12.2025

     映画祭を一日休み、バスに乗って山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーを訪れた。ここは過去に山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品された2万本近くの映画を見ることができる施設だ。それも驚くことに無料で。映画祭に選ばれた作品だけでなく、出品された作品というのがおもしろい。だから2021年の映画祭で日本プログラムに選ばれた自作『私はおぼえている』も見られるが、コンペに落選した『影の由来』もここでは見られる。今の所、公の場所でこの二作が見られるのはここだけだ。

     フィルムライブラリーを訪れた理由は、ロバート・クレイマー監督『ルート1』を見るためだった。上映時間4時間15分のこの映画を一日かけてじっくり見ようと思っていた。
     ロバート・クレイマーを知ったのは座・高円寺ドキュメンタリー映画祭で、諏訪敦彦監督がセレクションしたクレイマーの『アイス』を見た時で、16ミリフィルムでの上映だった。しかし作品のことはほとんど覚えていない。それよりも諏訪監督が語るクレイマーとの思い出の方が印象に残っている。それは諏訪監督の故郷広島をクレイマーもいつか撮りたいと思っていたという話だった。おそらく諏訪監督が、広島を題材に映画を作ろうとしている時のことだったと思う。クレイマーが広島を撮りたかったのは、父親が太平洋戦争に従軍していたことも関係していたような気がするが、この辺りの記憶はおぼろげだ。それよりも話の最後に「子供を育てながら映画を作るのは非常に大変なことだが、お互いにがんばろうと励まし合いました」と言われたのをはっきりと覚えている。そしてその後、諏訪監督は『H Story』で広島を映画にし、次の『不完全なふたり』で夫婦を、その次の『ユキとニナ」で子供を撮った。そのフィルモグラフィーはいつもその時の監督の人生が投影されていたのではないかと想像する。今父親となった自分は、ふたりが子育てをしながらどう映画制作と向き合っていたのか、その時交わした会話を聞いてみたいと強く思う。

     『ルート1』の前半を見終え、2枚目のDVDを見始めた時、ライブラリーの貸し出しカウンターから話し声が聞こえてくる。声の主の老齢の男性は興奮気味で、ヘッドフォン越しにもその会話は筒抜けである。
     「たまげたなあ、12回も繰り返し見せられるんだものなあ、ほんとたんまげた」と、DVDを止めてその感嘆の声に耳を澄ませると、どうやら映画祭で特集上映されている映画作家、野田真吉の『ふたりの長距離ランナーの孤独』について話しているようだった。その映画は1964年の東京オリンピックの男子マラソンで、歩道の一般男性が乱入してアベベ選手と並走し、やがて取り押さえられるまでの10秒ほどのニュース映像を、フリージャズの劇番を伴って繰り返し繰り返し繰り返すだけの映画だった。その繰り返しが12回かどうかは定かではないが、おそらくいわゆる実験映画を見慣れない男性には珍奇なものとして、心底肝を潰すたまげた映画として映ったのだろう。そして男性はさらに興奮を上乗せして続ける。
     「でもなあ、次の日に盆踊りの映画を見て気づいたんだ」と、肝を潰されながらもひるまず翌日も野田真吉の特集上映に足を運んだその心意気に感心しながら盗み聞きを続けていると、大興奮しながらこう捲し立てる。
     「気づいたんだ、盆踊りも繰り返しなんだよ、ずーっとずーっと繰り返してんだよ、同じ節で同じ踊りを繰り返してんだよ」と。
     男性の継いだ言葉に、ほんとたまげたのはこちらの方だった。野田真吉が盆踊りを記録した『生者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの行事』と『ふたりの長距離ランナーの孤独』は内容に関連はないし、制作年も30年近く隔たっている。関係のない映画を、繰り返しという一点で力強く連結させてしまうその直感はとても清々しく、思いもよらないものだった。そして野田真吉の作家論のどこにも同様の指摘は見当たらなかった。

     感覚をオープンにして、まずは映画を真に受けること。そうしないと映画を見て、自分の中で更新されたり変容するものなど何もない。『ルート1』の鑑賞を再開しても、盗み聞きした会話がずっと頭を旋回し、映画はあまり入ってこなかった。でも、このお爺さんのお陰で、映画を見るって個人的な感性に従って見るもんだという当たり前のことを思い出し、それだけでフィルムライブラリーを訪れた甲斐があったと思う。
     自分には映画より、映画の周辺のことの方が強く記憶に残るのかもしれない。

  • 山形国際ドキュメンタリー映画祭2023の思い出 | 四方田さんと足立さん

    30.11.2025

     映画祭では著名人を見かけることがある。あ、あの人知ってると思っても、ほとんどは声をかけることはなく遠巻きに見ているだけだが、たまたま袖触れあう距離になり話をすることがある。

     上映が始まるのをシートに座って待っていると、すみませんと前を通り隣に着席する男性。その風態に見覚えがあるなと思い巡らし、思い切って「四方田犬彦さんですか?」と声をかける。ポケットからくしゃくしゃになったメモの端切れをたくさん取り出し、なぐり書きされた暗号のような文字を読んでいる男性は「はい」と返事をした。我ながらよくわかったなと感心しながら、「ブニュエル本の刊行おめでとうございます」と告げる。「欲しいとは思うものの高くてなかなか」と後になって思うと失礼だったかなという言葉を継ぐと、「1日の食事代を抜けば買えますよ」という返事。ドムドムの440円のハンバーガーで1食を済ませようとしている身分の自分には、7000円の大著を買うには1週間食事を抜かなくてはいけない。これは、ブニュエルがいつまでも食事にありつけないブルジョワを描いた晩年の傑作『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』に掛けた冗談なのだろうか。などと思いながら、自作の上映日程を伝え、ぜひ見に来てくださいと告げる。 

     場内が暗くなり、スクリーンが照らし出される。すると四方田さんはぐっとシートに沈み込む。やがて視界の端に捉えていた氏の頭が、どんどん沈み込み消えていく。一体どうなっているんだ、と思わずスクリーンから目を離して横を見ると、四方田さんの背中は背もたれではなく座面と密着して、ほぼ寝転んで星空を見上げるような格好になっている。脚から腰までは、前の座席の下に潜り込ませて、背中と頭だけが座面に乗っている。なんという格好だろうか。そして今まで映画を見てきた中で、こんなにもスクリーンから目を離したことがあっただろうか。四方田さん、それは果たして楽な姿勢なのですか?と思わず聞きたくなるほどに目を疑う、超現実的な光景だった。
     おかげでその時見た映画が何だったのか、一切記憶にない。夢だったのかもしれない。

     映画館の前のベンチで自作の上映までのそわそわした時間を潰していると、隣のベンチに美しい白髪の男性が、若い男性と腰をかける。「足立さん、初めまして」と今回のコンペティションの審査員でもある足立正生さんに声をかける。審査員と話すのは控えた方がいいのかなと思いながらも、聞きたいことがあったので「エリック・ボードレールさんと共作された映画を見ました」と告げ、どうやって作られたのか聞く。
     足立さんはその経歴から渡航制限を受けているそうで、好きなように使ってくれとテキストだけをフランスのエリックさんに送り、やりとりを続けたそうだ。「もっとめちゃくちゃにしろよ、と言ったんだけど案外綺麗にまとまった映画になっちゃって」と自分のスタイルを固めるのではなく壊し続ける姿勢に、見習わなきゃなと拝聴していると、何かがやってきてその美しい真っ白な御髪にピタッと止まる。足立さんは「そしたらあいつがタイトルを『醜い男』にしやがってよ〜」と嬉しそうに話しているが、それどころではない。こちらの全意識は、頭に止まったまま動こうとしないその何かに注がれている。
     「あの、すみません」と楽しそうに話し続ける足立さんを遮って恐る恐る、「頭に赤とんぼが」とその存在を伝える。話を遮られた足立さんは、立腹するかと思いきや、「何?本当か!?」とさらに楽しそうになり、お付きの若者に今すぐ写真を取れと大喜びしている。スマホの写真を確認して、もっとこっちの角度で取れと若者に指図をしている間も、赤とんぼは微動だにしない。日の丸弁当みたいだなと白髪と赤とんぼのコントラストを見ながら思う。あー、日本の国旗みたいだな、と足立さんの経歴を考えると出来すぎた皮肉を体現しているようで、さすが恐れ入りましたと勝手に感心する。俺じゃなく、足立さんを選んだ赤とんぼも分かってるなと。
     やはりスタイルを壊すことを恐れないオープンな姿勢には、思わぬ贈り物が飛び込んでくるんだよなと思い知った邂逅だった。

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