13日 木曜日
ー元メジャーリーガーのイチローと田澤が対談をしている。田澤がイチローのことを話す時に、天からの恩恵を受けし才能のイチローさんとか、まず光ありきの如しレーザービーム返球とか、口を開くたびにキリスト教的な表現が端々に見受けられ、それが気になり内容が入ってこないー
こども園で、パパ友のあっちゃんに、無事今朝6時に第三子が生まれたと報告を受ける。
帰って竹野での映画寄席のチラシを入稿し、その後は一日中ミュージックビデオの編集をする。
ほとんど完成といっていい状態にまで近づいてきた。毎回編集のたびに思うことだが、よくもまあなにもないところからここまで構築したもんだと、自分で作っておきながら思う。全く想像もしていなかったものができあがっていく。もう一度初めからやれと言われても絶対にやりたくない。巨大なジグソーパズルやプラモデルをもう一度初めから作り直せと言われてやりたくないのと似たような感覚。創作というより、職人作業という感覚で作っていた。
夕飯に川えびを玉ねぎと一緒にかき揚げにする。思った以上に身が厚くて美味かった。
渋谷に住んでいた20代の頃、センター街の三平酒寮という安酒場で必ず注文する一品が川えびの唐揚げだったのを思い出す。
今日は夜も残業し、編集作業をする。自営業なので残業代は出ない。ひとまずこれでいいのではというところで完成として、明日また見直すことにする。
14日 金曜日
朝、編集し終えたミュージックビデオを見直す。特に直す所はないと感じたので完成とし、確認してもらうためメールを送る。曲が良いと映像も良いものになるが、映像が曲の出来を補うことはないと、ミュージックビデオを作るたびに思う。
先日ガスワン埼玉というプロパンガス会社の訪問営業があった。冬のガス代はだいたい1ヶ月1万4000円くらいになるのだが、ガスワンだとそれが1万円ほどに抑えられる。それならということで、今使っているニチガスから乗り換えることにした。営業の人は一度帰社し、菓子折りを持ってまたやって来た。そしてさらに1万円の商品券をお渡ししますからニチガスからの引き止めを断ってくださいと何度もお願いしてきた。そして今日、今度はニチガスの支店長が直々にやって来た。話を聞いていると今の価格から随分と安くなり、ほぼガスワンと同じ価格まで料金を下げるという。さらにお好きな月のガス代を1ヶ月無料にしますとも。ガスワンの営業の人の顔が頭に浮かび心苦しいなと思いながらも、お得になるニチガスを継続して使うことにする。会社同士の競争に巻き込まれて、顧客が苦い気持ちになるのはどうなのだろう。何よりも交渉しなければ年間2万円くらい高いまま使っていたというのが腑に落ちない。交渉しないだけ損だということか。
夕方6時からシンボパンで打ち合わせがあるのを思い出し、息子の迎えのついでにスーパーに寄ってほっけの干物を買う。米を炊き、味噌汁の具材だけ切り、ほっけをグリルに入れてあとは妻に任せ、家を出る。
アナログフィッシュの健太郎くんと竹野でのライブについて打ち合わせながら、ミュージックビデオの出来に皆が満足していると聞き、ほっとする。
帰宅して明日のDJバイトの準備。機材を仮組みして音が出るか確認し、レコードを選ぶ。この選盤の時間が最も至福の時。
15日 土曜日
午前10時に立川ビックカメラ前で今日一緒にDJをする板井さんを拾い、多摩センターへ車で向かう。今回のイベントを機に、いつもDJを一緒にやっているメンバーで、Rotten Steady Crew(露店・ステディ・クルー)と名乗ることにする。その名の通り、露天環境で露店DJするクルーで、今回は多摩ニュータウンにあるデパートの前を占拠して行う裏多摩というイベントに参加する。
大通りに向けて爆音でプレイしていると、通りがかりの子供たちがやってきて踊り始めたり、犬を抱っこしたご婦人がベンチで休憩しながら犬と一緒に踊っていたりと、見ず知らずの人を巻き込むのが楽しかった。これが露店の醍醐味で、街に自分たちで自分たちの遊び場を作る醍醐味だと思う。
帰宅後、晩飯は娘の念願だった道とん堀へ行き、娘はもんじゃ焼きを食べる。味が濃かったので食後に隣のコンビニでみんなでアイスを買う。俺は赤城のBLACKを食べながら帰る。
16日 日曜日
部屋の片付けをするよう子供たちのけつを叩くが、すぐに別のことをやり始めて一向に片付かない。諦めて、春に庭に植えた里芋を収穫する。お店に並んでいるものほど大きくはないが、20個以上取れる。
聖蹟桜ヶ丘にあるけぇどの会所という場所でやっている、平尾菜美さんの展示「a moment」へ行く。毎日の生活の中で繰り返す行為を簡潔な文字に置き換え、その瞬間を定着した文字が積み重なって一日や一週間という幅のある時間へ変化していくのが感じられておもしろかった。さりげない瞬間の奥には広大な時間が広がっている。永遠と一日。
昨日のニュータウンも家のある郊外も、消費せよと迫ってくる空気が充満しているように感じる。新しくできる施設や畑をつぶして作られる建売住宅からも、その消費せよというエネルギーばかりが発散されていて、なんでもあるけどなにもない街がどんどん増殖しているように感じる。そんな中で誰かの創作物に触れたり、自分たちで街に遊び場を作ろうとしている人たちの活動に触れると、それだけでこちらにも活力が湧いてくる。
帰り道、妻と息子がスーパーで晩飯の買い物をしている間、娘と車の窓に息を吹きかけ、ガラスが曇っている間に急いで絵を描き、それを交互に繰り返して絵しりとりをした。
17日 月曜日
顔面の4分の1が毛で覆われている。こんなにも生命力旺盛な毛根が自分の顔に眠っていたのかと驚くと同時に、毎朝せっせとせっかく芽を出した新芽を刈り取るように髭を剃っていたことに罪悪感すら感じる。見飽きた自分の顔が日に日にその印象を変えていくのがおもしろく、このまましばらくはその進行を眺めていようと思う。白髪の割合は思っていたより少なく、8対2くらいか。髭の旺盛に比例してか、前髪がわずかずつ後退している気がしないでもない。このままなにもせずに伸ばし続けいていいのか、それとも少しカットなど手を加えるものなのか、などど思い巡らせながら、なにごとも初心者というのは楽しい時間だと思う。ザ・バンドのセカンドアルバムをレコード棚から取り出し、メンバーそれぞれの髭の有り様を観察する。
ミュージックビデオの構成のオーケーが出たので、色と明るさの調整に入る。
午後1時、専門業者の人が来てエアコンの掃除をしてもらう。エアコン内部に水を浴びせかけるとカビと埃の混ざった黒い水となり流れ出てくる。1時間ほどで終わり、1万円支払う。
晩飯に昨日収穫した里芋を皮のままグリルで焼き、皮をむいて味噌汁に入れる。芋もうまいが、とろみが溶け出した汁もうまい。
露店DJの後に行った多摩センターの千歳屋というスーパーで板井さんにおすすめされて買った、北海道産の「雪誉」という納豆を食べる。大粒の大豆のうまみが口の中で炸裂してとてもうまい。今後スーパーに行ったら必ず納豆の棚をチェックしよう。
寝る前に先日訪問を受けた、テレビ視聴についてのアンケートに記入する。厚めの冊子になっていて質問数も物凄い数ある。受け取る時に「項目が多いので全部答えなくても、できるところで大丈夫です」と言われ謝礼2000円を渡されたので答えないわけにはいかない。先週見たテレビ番組や知っている番組に答えた後、好きな芸能人の項目になり、男女200人ずつが挙げられていて、新しい学校のリーダーズや黒柳徹子、さかなクンなどに丸を付ける。娘は出川哲朗、息子はなかやまきんに君、妻は中井貴一に丸をつけていた。
18日 火曜日
ーホテルに巨大なワニが潜んでいる。どこから出てくるかわからないので警戒しながら館内を歩いていると、ロビーから地下に降りる階段から20メートルほどの大王ワニが飛びかかってくる。口を開いて噛み付こうとするが、大きく開きすぎたのか下顎がちぎれ、皮一枚つながった状態でぷらぷらぶら下がっているー
息子をこども園に送る。インフルエンザAの子どもが息子の組で3人、隣の組で6人とホワイトボードに掲示してある。倉庫でのメンテナンス仕事後に迎えに行った時には、息子の組で5人、隣の組で10人に増えていた。他の組にもたくさん感染者が出ている。インフルエンザはもう嫌だ。もらって帰らないでくれと祈るばかりだ。
先日行ったギャラリーで、映画を作ってる人ですと紹介され、するとどこで見れるんですかと聞かれ、すみません見れないんですと答える。このやり取りは今回だけでなく、頻繁に起こる。自分だったら、映画作ってるけど見れないんですってなんじゃそら!と思わず言いたくなるだろう。しょうもないコンセプチュアルアートかと。自作が最後に日本で上映されたのは8ヶ月前になる。こういう事態を回避するためには、オンラインで販売していつでも見られるようにするのがよいのだろうか。いやそもそも見たい映画がいつでも見られるというのが前提になっているのがおかしい気もする。しかし興味を持ってくれているのに見せられないというのは心苦しい。最近こういった状況に続けて遭遇しているので、なんとか良い方法はないかと考えている。
19日 水曜日
倉庫でメテナンスの仕事をしながら、友人のお父さんの介護の話を聞く。8年くらい癌を患っていて、最近病院から自宅療養になり、家族で交代しながら介護しているということだった。別の友人は数日前に癌でお父さんを亡くして、しばらく仕事を休んでいる。介護も別離も高齢の両親を持つ身としては他人事ではなく、近い将来自分も通る道だと思いながら話を聞く。
病気の人をドラマチックな映画の主人公扱いせず、何事もエモーショナルになりすぎないことが大事だという話に、なるほどと思った。介護する側が疲弊しないために合理的な対応を取ることが、冷たいと感情的に処理されてしまうことが問題だと思う。
家族で数年前の出来事の話をしていて、息子や娘がその時自分はいた?と聞いてくることがある。もう生まれてたよとか、お腹の中にいたよとか、時にはまだどこにもいなかったよと答えることもある。いた人が亡くなっていない、というのは分かるが、いる人がまだいなかった、というのは理屈は分かるが腹の底に落ちてこない。今目の前にいる人が、なにも存在していなかったということが想像できず、考えるとくらくらする。一度存在したものを無に帰す想像力に乏しい。
一日中断続的にしゃっくりが出る。
来年2月にアレックス・Gが来日するのを知る。