2025年10月23日 木曜日
ー袖から舞台に出るとDA PAMPが『U.S.A.』の熱唱中。しかし舞台にはキーボードが1台しかなく、すべての音はそのキーボードの内臓スピーカーから発せられている。メンバーがその周りを取り囲み例の踊りを踊っている。カモン・ベイビー・アメリカの、アメリカの部分のメロディーがアメリカ⤵︎と下がるのでなく、アメリカ⤴︎と駆け上がっていく耳馴染みのないメロディーだ。熱狂のフロアをなんとかくぐり抜けてロビーに出ると、そこは武蔵村山イオンモール。エスカレーターを降りていると友人に「お前の知らない奴だけど話してみて」とスマホを手渡される。事情を説明しながら話しかけるが、なんの応答もない。だが明らかに不機嫌な気配は伝わってくる。失礼しましたとなぜか謝り、電話を切る。釈然としないー
午前中から次の映画寄席で上映するために、2012年に秋田県大館市で撮影した獅子踊りの映像を編集する。
「全部口拍子で覚えるんだ、口伝えで覚えるんだ、楽譜もなんもない。まず入ってくるところは、ちんちんしゃあらいとうのつくたんつくたん、って入ってくる」と幼少期に踊りの拍子を徹底的に叩き込まれた体験を、カメラ越しに生き生きと語りかけてくる篠村三之丞さんはもうこの世にいない。
「俺は小学校しか出てねえんだ、小学校しか。でも弟たちだけは学校に入れてけろって親に頼んだんだ。家業は俺が継ぐから、田んぼもなんも俺がやるから、俺が働いて学費続けるから、弟たちだけは学業を続けさせてけろって。それで学校さ入れたんだ。弟たちは今でも言う、兄貴のおかげだって。仕方がない、現実とはそういうもんだ」と笑いながら話す三之丞さんの目は鋭くこちらを見つめている。あれから13年の時間が流れ、この視線を今の自分はちゃんと見つめ返せるだろうかと自問するが、その自信はない。
昼飯は残っていたひき肉とキャベツを炒めてご飯と和え、目玉焼きを添えて食べる。
夕方までかかり、語りの部分の編集を終える。こども園に自転車で息子を迎えに行く。思った以上に寒く、薄着で出てしまったことを後悔する。帰ってからも少し寒気が続くので、子供たちと一緒に9時半くらいに就寝する。
24日 金曜日
朝から息子が庭に棒を立て始め、その周りを木の板やプラスチックの棒で囲み何かを作っている。
「住職にお祈りする所」と完成したものを説明してくれる。親しくしていた町田にある簗田寺の住職が夏の終わりに亡くなり、家族で参列したことが印象に残っているのだろう。その日、子供たちは生まれて初めて棺の中に亡くなった人を見た。
午前中から昨日の編集の続きをする。獅子踊りについての語りの部分に、実際に踊っている場面を加える。
昼過ぎに父がやってくる。先日父の兄が86歳で亡くなり、その葬儀を昨日済ませ、鳥取に帰る前に秦野市から立川に寄り、何泊かする予定だ。
葬儀は故人の希望により特定の宗教的要素を排した簡素なもので、20人ほどのごく親しい人たちだけが集まったそうだ。父は自分の葬儀も同じようなものにしたいと言っていた。
夜、シンボパンに集まり12月に豊岡市竹野町で行う映画寄席の打ち合わせをする。
往復の交通手段を車にしようとレンタカーを調べると、ガッツレンタカーの破格の低価格に驚く。何か提案をすると増田くんが、車種による燃費の差や時間帯での高速料金の違いなど具体的な数字をすぐに提示してくれる。こちらが膨らますアイデアをどんどん具体的に前に進めてくれる自分の周りにはいないタイプで、シンボちゃんと感嘆する。
25日 土曜日
ー飛行機の窓から雲海の写真を取る。すると写真には紫色の太い光の束が稲妻のように走っている。どうやらそれは目に見えないはずの紫外線らしい。その写真をインスタにアップしようとしているー
しとしと雨が降っている。近所のデニーズに親戚で集まり朝食を食べる。叔父の友人のディディエという男性がマドリッドから来ていて、同席する。
家に戻り、獅子踊りの映像の編集の続きをする。週末に雨が降ると子供と外出できないので、彼らが家の中でエネルギーを発散し始めて、一瞬のうちに部屋が荒れる。
息子がゴジュウジャーのロボット付きのお菓子が欲しいと言う。以前ららぽーとのおかしのまちおかでそのお菓子を見つけた時に、お手伝いしてお小遣いを貯めたらそれで買っていいよと言ってから、散らかした部屋をごくたまに徹底的に片付けては、「とと、お金ちょうだい」と言うようになった。
午後2時過ぎに、雨なので車で近所のららぽーとへ向かうが、案の定近隣はららぽーとへ向かう車で渋滞している。5時からの映画寄席まで時間がないので、隣接するケーズデンキに駐車して、歩いてららぽーとへ向かう。
おかしのまちおかまでたどり着き、件のお菓子を見つけてよく見ると、ひとつだけ買ってもロボットは手に入らず、6種類全部買って部品を組み立てるとロボットは完成するという代物。仕方あるまいとひとつ手に取りレジに向かうと、店内を1周するほどの恐ろしい長蛇の列。するとLINEに今日の映画寄席を1時間早めて、4時からにできないかという一報が届く。ここで30分以上潰すわけにはいかないので、代わりにスーパーでキャラパキを買おうと、行列から離れようとしない息子を説き伏す。説き伏せられないので、担ぎ、その場を離れる。
スーパーには恐竜のキャラパキはなく、ちいかわのキャラパキしかないので、ここでも息子の欲求は満たされない。「OK余裕、映画寄席の帰りにどこかスーパーに寄って買おう」と提案し、ららぽーとを脱出。すると息子は歩こうとせず肩車をせがむ。傘をさしながら肩車は不可能なので、交渉しておんぶに譲歩してもらう。しかしそれも難儀な歩行で、ほとんど傘もおんぶも機能していない這々の態で車にたどり着き、帰宅する。すぐさま機材と妻、娘、父も載せて、簗田寺へ1時間のドライブ。
映画寄席開始にはなんとか間に合い、できたてほやほやの獅子踊りの映像も無事に上映を終える。その間息子が定期的に寄ってきて、お客さんにも聞こえる声で早くキャラパキを買いに行こうと提案してくる。上映後の懇談会中も寄ってきては捲し立て、とうとうしびれを切らしてキャラパキ!と吠える。すると同じく退屈した息子さんとコンビニに息抜きに行って戻って来たお父さんが、これどうぞと差し出してくれたのは、キャラパキ。ちいかわのキャラパキ。
26日 日曜日
今日も朝から雨。鳥取に帰る父を、車で立川駅そばの空港連絡バス乗り場まで送る。
衣装ケースの夏服を冬服に衣替えする。秋服を着るタイミングがない。冷房装置の夏が行けば、暖房装置の冬が来た。
昼飯は家族で近所のラーメン屋に行く。ねぎではなく、みじん切りの玉ねぎが乗った八王子ラーメンを食べる。
その後、来年1月に車検が切れる28万キロ走ったキューブに代わる車を探すため、近所にある大きなホンダのショールームを訪れる。中古のフリードを見る。家族4人が乗るには申し分ない広さ。中古のステップワゴンを見る。子供たちがホテル!ホテル!と車内の広さに狂乱している。
次にトヨタのショールームを訪れる。家族で車を降りるなり、ボクシーですか?と販売員に尋ねられる。もちろんボクシーも申し分ない。そして中古のシエンタを見る。こちらも申し分ない。申し分ないのだが、いや申し分ないからなのか、この車に乗ることに微塵も気持ちが高揚しない。おそらく買い換える車の正解はフリードやシエンタだとわかっているのだが、受け入れられない。フリードやシエンタは私たち家族と私たちの要望をそつなく快く受け入れてくれているのだが、こちらが受け入れられない。
「仕方ない、現実とはそういうもんだ」という三之丞さんの言葉が、耳の奥で木霊する。
27日 月曜日
娘が発熱したので小学校を休む。となると案の定、息子もこども園に行きたくないとごねる。仕方なく息子も休むことになる。寝込む娘、リモートで仕事する妻を横目に、体じゅうにいろんなものをセロテープでくっつけ、顔にもくっつけ、さらに青ボールペンで顔にペイントし、刀を振り回し見えない敵と戦う息子。ここ、押してみて?と体にくっついたプラスチックケースを押すと「うぇいうぇいうぇい!」と吠えて走り出す。部屋はみるみる荒れていく。
夜になっても娘の高熱は治らない。風呂に入っていると、妻に呼び出される。何事かとバスタオル1枚で飛び出ると、娘が「ここにも黒いものがいる、ここにもいる」と目を見開き指差しているが、その先に黒いものは見当たらない。こわいこわいと泣きながら恐怖で震えている。夜中にもまた起き出して、同じ幻覚を訴える。
28日 火曜日
ー断崖絶壁の海沿いの廃墟ホテルで祭が行われている。ある一室では床が陥没したところに海水が流入しプールのようになっていて、大きな魚が何匹も泳いでいる。バザーでは中世ヨーロッパのアンティークのブローチや髪留めがたくさん売っているその隣で、はっぴにふんどし、ねじり鉢巻きの男たちが焼き鳥を焼いている。香ばしい煙が中世のホテルの回廊を覆う。プールサイドにいた目つきの鋭い白人女に声をかけられ、プールに腰まで浸かり健康維持のために一緒にウォーキングをする。女とプールの底に潜って、そこからホテルの外に出る。断崖絶壁の淵に立ち、岩壁に砕ける荒波をふたりでしばらく見ているー
朝になっても娘の熱は下がらない。今日も学校は休み、小児科に見てもらうことにする。やはり行きたくないとごねて大泣きする息子をなんとか自転車の後ろに乗せて、こども園に向かう。その道中も背後でずっと泣いている息子。先生に預ける時も足から離れようとしない。先生に協力してもらい、なんとかこども園を後にする。
今日は古道具屋の倉庫で、店に並べる前の品物のメンテナンスをする仕事。嫌がり泣く子供を無理やり置いて行くのは、仕方ないとしてもやはり気持ちのいいものではない。こういうことの後は、いつも心がざわついたまま仕事をすることになる。
妻から娘はインフルエンザAだったと連絡がある。昨夜の幻覚は症状のひとつらしく、この年頃の子供に多いということだった。そして学校から、娘の学年は学年閉鎖になったと連絡があった。感染している疑いがあるため、これから息子をこども園に迎えに行くという。自分も疑いがあるので、仕事を早退する。
帰るとインスタのDMに音源データが届いている。10月初旬にアナログフィッシュとモールスが共作した『HEISEI IMOKENPI ONDO』という曲のレコーディングを撮影した、その時の音源がほぼ完成したということで送られてきた。
経過観察のため今日明日は古道具屋の仕事が無くなり時間が空いたので、早速その曲のミュージックビデオの編集を始める。小淵沢のレコーディングスタジオは寝泊まりと自炊ができ、山小屋のようでその親密さが音にも表れている。その音像から、ザ・バンドのピッグピンクも同じような雰囲気のスタジオだったのかなと妄想が膨らむ。
夕方になり寒くなってきたので石油ファンヒーターを出す。晩御飯は鍋にする。
息子は今日も昨日と同じく、身体中にいろんなものを貼り付けてはしゃいでいる。そしてトイレに行く回数が増えている。うんちがどんどん柔らかくなっている。これはおそらく感染しただろう。この連日のハイテンションは、症状のひとつだろうか。明日には熱が出ているだろうか。
娘がまたうなされて泣きながら起きる。
29日 水曜日
息子の心配をしている場合ではなかった。体がだるいので検温すると38度9分の発熱。
夕方まで寝込んで、病院に行く。やはりインフルエンザAをもらっていた。
薬局で処方箋の薬を待つ間、感染対策として外でパイプ椅子に座らされて待たされる。寒い。学生時代に新聞配達のバイトをしていた友人が、冬の未明、寒さと孤独が重なると人は死ぬ。と言っていたのを思い出す。
帰宅し、子どもたち用に買っていたぶどうゼリーを食べる。ずいぶん久しぶりに果物ゼリーというものを食べたが、恐ろしく美味い。病に伏している時のゼリーがこんなにも美味いとは、これは発見だ。こんなに美味いのなら、たまに発熱するのも悪くないかもしれないと思うくらい美味いが、これは熱にうなされているが故のうわ言だろう。しかし平常時には味わえない、格別の味というものがあると知る。