11月6日 木曜日
ーデパートの地下駐車場の入り口が水で満たされている。そこに飛び込むと水中には地上と同じ街が広がっているが、デパートやビルなど上下が反転して、上から下に伸びている。息子と一緒にしばらく泳いで街をめぐって、息継ぎのため水から顔を出す。すると今度はいつもの街が上下反転した街並みのように感じられる。街全体で芸術祭が行われていて、これもその作品のひとつらしい。他の作品を見ようと街を歩いていると、露出の多い女に声をかけられる。女は花柄のビキニを着て、その上に目の粗い網のような服をまとっているだけだ。なるほど、最初から水に潜ることを想定した格好で来ているのか。しばらく一緒に街を歩きながら話す。ダンスを生業にしているという。家族連れで賑わう公園で息子を遊ばせている間ずっと、ビキニ網女が息子の面倒を見てくれるー
午前中は撮影日程調整の返事、ヴィンセントさんに作品リンクを送る、12月に竹野で行う映画寄席の宿泊先相談など、溜まっていた返事や連絡を済ます。
昼飯は小松菜、えのき、舞茸、卵で適当にうどんを作り、妻と食べる。
午後からは1週間ぶりにアナログフィッシュとモールスのミュージックビデオの編集の続きに取り掛かる。夕方まで作業し、こども園に息子の迎えに行く。晩飯は八宝菜と小松菜のおひたしとナムルを作る。久しぶりに炊事をした。
7日 金曜日
ー鳥取県境港市最北に祭や風習の取材のために訪れる。境港市はロシア連邦と隣接していて、市最北の森を抜けるとツンドラ地帯が広がっている。そのためか日本ではあまり見られない独特な祭や風習が今も残っているそうだ。地元の伝統を受け継ぎ残そうとしている若い女性のサークルに案内されて、断崖絶壁から激流へ巨大な鬼の人形を突き落とす「流し鬼」を見せてもらう。落下した鬼は日本とロシアのどちらへ流れていくのだろうかと鬼をたどっていくと、川は国境を越えてロシアの領土へ流れていく。視線を上げると向こうにウラル山脈がそびえ立っている。「ホント気軽に参加してくださいね~」と伝統保存サークルへ勧誘されるので、今後も通うことにする。
売店にドーナツを買いに行く。砂糖がまぶしてあるポンテリングを水平にカットすると断面は空洞で、その空洞全てにラズベリージャムを詰めてくれるドーナツを黒人女にお勧めされ、購入するー
息子をいつもより早くこども園に送り届け、ミュージックビデオの編集に取り掛かるが、こういう日に限って来客が多く、作業が何度も中断する。プロパンガスをニチガスからガスワン埼玉に変える手続き、テレビ視聴のアンケート、エアコン掃除の日程調整、ガスワン埼玉の人がどら焼き片手にもう一度やって来る。
昼飯は簡単なスープだけ作り、ご飯に鯖のそぼろをかけて済ます。
午後からも編集の続き。やっと土台が見えてきて、ほんのわずだが軌道に乗ってきたところで、娘が帰ってきて、晩飯は道とん堀にお好み焼きを食べに行きたいと言う。晩飯の準備を何もしていないので、そうすることにする。もう少し編集を続けていると、娘が誰にも相手にしてもらえずぐずっている。そのうちに息子を迎えに行く時間になり、妻にお願いする。編集をやめて娘と話すが、ますますぐずって手に負えなくなる。
シンボちゃんからパンがたくさん残ったから取りに来てと連絡をもらう。妻と息子が帰って来ても娘は泣き止まず、今晩の道とん堀は中止にする。
息子とシンボパンにパンを受け取りに行く。帰ると妻が肉団子スープを作ってくれていて、晩飯はパンとスープにする。
メールを開くと、明日パフォーマンスを撮影予定の吉田萌さんから何通もメールが届いている。嫌な予感がする。以前こちらが送ったメールをたどると、11月8日に撮影に伺いますと伝えるのを、11月7日に撮影に伺いますと伝えている。つまり吉田さんは今日撮影があるはずなのに、一向に現れないので何度も連絡をくれていた。冷や汗が出る。明日の土曜日を8日ではなく、7日と勘違いしていた。完全にこちらの落ち度。その後連絡がつき、謝罪する。明日改めて撮影することになる。今後は日付だけではなく、曜日も明記して日程調整するように改めなければと肝に銘じる。
現時点プロジェクトの皆から10月23日から11月6日までの日記が送られてきたので、全員分をひとつにまとめて読めるようにする。
8日 土曜日
ー友人の紘良くんと広い公園で銀杏の掃除をしている。かき集めたたくさんの銀杏をてみに入れて、公園の端にある溝に捨てる。空には満月が出ていて、紘良くんが「僕はこの角度から見上げる月が好きなんだ」と中腰で月を見上げている。それに習って中腰になり一緒に月を見上げるー
午前10時に家を出て、車で上野へ向かう。途中立派なお寺を通り過ぎ、そこが護国寺だと気づく。護国寺といえば群林堂という有名な和菓子屋があり、かねてからそこの豆大福を食べるのが妻の念願だった。ということですぐさま引き返し、群林堂へ向かう。少し行列はあったものの売り切れる前に買うことができた。
お昼に上野に着き駐車場を探すが、どこも満車なので少し離れて、撮影場所にも近い谷中霊園そばのパーキングに止める。撮影前に家族で昼飯を食べようと歩くが、めぼしいところが見つからず、上野まで来たのにもかかわらず近所にもあるデニーズに落ち着く。子連れだと結局ファミレスがいろんな心配をせずに、無難に食事を済ませられる。食事を楽しむというのではないこの申し分のなさは、シエンタやフリードの申し分のなさにも通じるものがあるように思う。
妻と子供たちは撮影の間、来年2月にいなくなるパンダに会いに上野動物園へ向かう。
パフォーマンスは「脱衣所」という古いアパートの2階の6畳間で行われた。吉田さんのパフォーマンスは今回も人前で表現することの畏れを隠さず、それと向き合う真摯なものだった。撮影は今眼の前で起こっていることを取りこぼさずにどう写し取れるかという真剣勝負で楽しかった。「脱衣所」のあるアパートは取り壊され、このスペースも今回の公演を最後に閉じるらしい。街の中にノイズを起こす場所がなくなるのは惜しい。
撮影を終えて、上野動物園へ家族を迎えに行く。帰路の途中で妻から、行きたかったあの店に行ってみたらと提案があり、急遽晩飯に念願だった梁山泊の肉あんかけチャーハンを食べる。肉山脈のような強烈な見かけほどしつこくなく、あっさりしていて美味い。レバニラもしつこくなくていくらでも食べられる。子供たちも残さず食べきる。会計を済ますと昼飯のデーニズと同じ金額だった。にもかかわらずこの満足感の大きな差とはこれ如何に。
帰宅して、家族で群林堂の大福にかぶりつく。大ぶりでそのほとんどがあんこ。そしてそのあんこが美味い。感覚としては、あんこ9対牛皮1の割合。そこに歯応えのある豆が抜群の存在感を残す。ひとつ250円の大福と、ひとつ800円のモンブランのこの満足感の差とはこれ如何に。
今日は家族全員の念願が叶ったインフルエンザの快気祝いとなった。
9日 日曜日
ー細かく切った茄子を塩もみし、そこにみょうがと鰹節をたっぷり加えて和えたイメージだけが残っているー
雨が降っている。午前10時くらいまで家でのんびり過ごす。送られてきたみんなの日記を読み、中山さんが東京に里帰りしていることが分かったので昼飯に誘う。
羽村の福島屋本店で待ち合わせをする。新青梅街道が混んでいたので遅れて到着すると、中山さんはすでに1万円くらい買い物をしていた。次の予定まで時間があまりないということで、そのまま樹樹という喫茶店に向かう。1時間ほどしか話す時間がなかったが、パスタをすすりながら近況を聞く。みんなの日記を読んで、未就学の子どもがいるせいか、中山さんと俺の日々が慌ただしく、なんとか日々をやりくりしている感じが伝わってきて、河原さんの幼子と過ごす日々を読みながら、子どもの感情や表情にもうちょっと丁寧に向き合わないとな、と感じていたことなどを話す。
中山さんを羽村駅まで送り、我が家は久しぶりの福島屋をじっくり見て回る。無双番茶や久保田のアイス、鹿児島のふくれというお菓子、娘の好きなエビとブロッコリーのガーリック和えなど、以前近所にあった時に食べていた美味しかったあれやこれを買って帰る。途中ジョイフル本田に寄って、娘の鉛筆削りを買う。
帰って大相撲の初日を見ようとテレビをつけると、東北の地震のニュースで相撲中継は中止になっていた。実家の両親から伯桜鵬、金星!とLINEが届く。BSでは中継が見られるようで、豊昇龍に押し出しで勝ったそうだ。
10日 月曜日
午前8時半からミュージックビデオの編集に取り掛かる。曲がとにかくかっこいいので、それを損なわないようにレコーディング風景の良い瞬間をふんだんに盛り込む。編集しながら何度も興奮し、いやぁかっこいい、これは名曲だな、などとひとりごちてなかなか手が動かない。これは編集中にあることで、いいものができあがっていると実感すると、集中よりも興奮が勝ってしまい、居ても立ってもいられなくなり、そわそわして手が動かなくなる。
昼飯は豚丼を作り、ささっと済ませて編集の続きをする。
レコーディング撮影中に感じた、いろんな楽器が重なっていくたびに曲に魔法がかかるあの瞬間を、映像からもちゃんと感じられるようにしなければならない。みんなが自分の役割の範囲内で、曲が良くなるために最大限貢献しようと努めているのを間近に見て、バンドっていいなと思う。普段個人制作をしている身なので、みんなで楽しそうに作っている姿を羨ましく思う。俺も映像という自分の役割内で、曲のために最大限貢献しようと思いながら編集を続ける。
一日中家の中でパソコンに向かっていたので、夕方少し散歩する。西の空の散り散りの雲が黄金色に染まっている。学校帰りの娘と会い、一緒に帰る。黄色と赤に紅葉した桜の落ち葉を何枚か拾っていると「小学生じゃないんだから」と呆れたように娘が言う。西の空の雲が茜色に変わっている。ということを日記に書こうと思いながら空を見ている。強制的に日記を書くようになって、書く以前の日々では見過ごしてしまうことに目を向けるようになったように思う。
11日 火曜日
倉庫で近江の水屋箪笥を一日かけてメンテナンスする。
数日前にインスタのアプリをスマホから消した。これでパソコンからしか見られないようになった。そして夕食後、もしくは風呂を上がって以降はLINEなどの返信をしないように決めた。スマホはダイニングルームに置いて、リビングや寝室には持ち込まない。そうするとゆっくり日記を書く時間が持てるようになった。子供と話したり、子供とテレビを見たりする時間にもなる。Awichが『Bad Bitch 美学』で「インスタの前に日記開く」と歌っていたのを思い出す。一日を振り返る時間が持てるのも、日記を書くことのいい部分だ。
そういえば週末に行った群林堂も梁山泊も樹樹も会計は現金のみだった。そういう店を選んでいるわけではないが、気になって行ってみた店、気に入ってよく行く店は現金のみの確率が高い。それは、いいなと思う店が老舗の個人店だからという理由もある。そしてそういう店には、二度と行けなくなる前に一度でも多く行こうと思う。
日記に夢を書くようになってから、夢をよく見るようになったし、起きても覚えているようになった。というこの時期を逃してはいけないと思い、ずっと本棚に眠ったままだったミッシェル・レリスの夢日記『夜なき夜、昼なき昼』を引っ張り出して読み始める。
12日 水曜日
ー飲食店の並ぶ地下街を歩いていると背後から歌声が聞こえる。振り返ると路上で歌っている女。女のシャツははだけていて胸が露わになっている。その胸に乳房はなく男の体だ。一曲歌い終えた女は「私は歌うことで私の中にいるふたりの人間を解放できるようになりました」とMCをして次の曲を歌い始めるー
河原さんの日記を読んで久しぶりに仲代達矢のことを思い出していたら、92歳で亡くなったという訃報をテレビで知る。
大学生時代に当て所なく自転車で走っていると高級住宅街に迷い込み、目の前に現れた急坂をなんとか自転車を降りずに登りきったところに石碑があり、「無名坂」と掘り刻まれていた。そして息を荒げながら視線を上げるとそこには「無名塾」と看板の掲げられた施設があった。ここに仲代達矢がいるのかと、とても無名とは思えない存在を感じたのを思い出した。
倉庫でメンテナンスを終え、隣のピーコックに寄ると宮城県で取れた生のムール貝が13個入って半額の400円になっていたので買って帰る。川えびも半額の120円だったので、こちらも買う。どちらも初めて買う食材だ。
川えびの賞味期限は明日までだったので冷蔵庫にしまい、ムール貝を酒蒸しにする。生だからかふっくらぷりぷりの今まで味わったことのない食感だった。