SHUHEI HATANO
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日記|2026年11月20日ー26日

10.02.2026

11月20日 木曜日

 便所に行くため深夜に目を覚ますのが、ほぼ毎晩の習慣になっている。用を済ませてベッドに戻ると天井裏で物音がする。ねずみにしては物音が大きい気がする。がさごそと藁で何か作っているような音にも聞こえる。平屋の我が家はどうやって天井裏に入って駆除すればいいのだろうか、などと思い巡らしていると、そういえばずいぶん前に、押入れに知らない人が住んでいるのを何年間も気付かないで一緒に暮らしていたというニュースがあったな、と思いながら再び眠りにつく。

 ー天井裏で物音がする。大家さんと一緒に2階のベランダから物音のする場所を探ると、薄青と白のツートーンカラーのペリカンのような鳥が2羽這い出てくる。親子のようだ。てっきりねずみだと思っていたので思わぬ動物の出現に気を良くし、慌てて巣穴に戻し、監視カメラを設置して様子を見られるようにする。監視カメラの映像をモニターで見ていると、その鳥の他に、子ぎつねが戯れていたり、巨大なカバが横切ったりと知らない間にいろいろな動物が出入りしていたー

 こども園でインフルエンザが流行っているので、息子を今週は登園させず家で遊ばせることにする。

 12月に映画寄席で上映するために、92歳の小丸鈴子さんの語りの編集に取り掛かる。主に、幼い頃に手伝っていた麻栽培の話を上映する予定でいる。他にも、土葬の穴掘りの話、夜の川での魚突きの話、城崎温泉に傷痍軍人が湯治に大挙していた話など、興味深い話がたくさんあり、どこを厳選するか悩ましいところだ。

 夕方、庭で遊んでいた娘が、軒下から家の中に入っていくねずみを見た。

 昼飯に焼きそば、晩飯にカレーを作ると、子供は喜び家駆け回り、屋根裏では多分ねずみが丸くなっている。


21日 金曜日

 今日も小丸鈴子さんの語りの編集の続きを進める。

 昼にシンボパンへ行き、昨日売れ残ってしまったパンを貰う。昼飯にそのパンを食べ、息子を自転車の後ろに乗せて西国分寺へ向かう。以前バイトしていたバラ苗農家で一緒に働いていた清水さんが、菜園造りの会社を起業するので映像やデザインのことをお願いしたいと相談のメールををもらっていた。

 西国分寺の喫茶店で落ち合う。8年ぶりくらいに会うが、ブランクを感じずすぐにいろんなことをお喋りし始められる、相変わらず気の良くておもしろい人だった。息子が注文したプリン・ア・ラ・モードが美味そうだった。

 帰りにスーパーに寄り晩飯の食材を買い、次にホームセンターでねずみを捕まえるためのくっつきシートを買う。帰宅し、昨日娘がねずみが入って行くのを見たという軒下の穴にシートを仕掛ける。

 昨日のカレーとほぼ同じ食材と手順で、晩飯にクリームシチューを作る。

 風呂の壁に、学校で九九を勉強中の娘が暗記するための九九シートが貼られている。伸ばし始めた髭をシャンプーで洗い、コンディショナーをつけて髪の毛扱いしてみる。


22日 土曜日

 昨晩のコンディショナーのせいか、髭がいつもよりちくちくしない。くしでといて更に髪の毛扱いしてみる。

 毎朝かける音楽はNTSというロンドンのインターネットラジオで、気に入ったDJの最近更新されたエビソードを聴いている。今朝はイン・フォーカスという、ミュージシャンやレコードレーベルを特集するコーナーの、70年代ザンビアのバンド、ンゴジィ・ファミリーの特集を聴いてみると、これがかなり良い。ザンビアのロックをザンロックと呼ぶらしい。ザンロック特集のエピソードもあったので続けて聴いてみると、ザンロック全部がかっこいいわけではなく、ンゴジィ・ファミリーが特別に良いということが分かった。

 娘の小学校の音楽発表会に家族で出かける。体育館には後方に一般席、前方に優先席があり、優先席は演奏中の学年の保護者が座って鑑賞できる。ただ優先席に座るためには、廊下の行列に並んで演奏まで待機しないといけないので、早めに行って並ばなくてはいけない。ふらっと行って見て帰るということにはならず、なかなか大変なシステムだなと思う。演奏前には、撮影する際のカメラやスマホは顔の高さより上にならないようになど、トラブルを避けるためなのだろうが、アナウンスが長々と続く。先生たちの、円滑に進行するための気配りというより、無事に終わりますようにという気苦労が伝わってきて、演奏よりそちらの方が気になってしまった。

 息子と先に帰り、あるもので豚丼やうどんなど、まとまりのない昼飯を作る。後で帰ってきた妻がお稲荷さんやコロッケ、唐揚げを買って帰ってくれて更にまとまりがなくなった昼飯をかっこんで、映画寄席のために簗田寺へ向かう。食事の途中であっちゃんが来て、JAの収穫体験で取った白菜や小松菜、かぶに人参、大根をたくさん分けてくれた。

 ちなみに夫婦の間で、あるもので作った料理のことをア・ル・モーノと、ア・ラ・モードと同じ発音で呼ぶことで、特別感を出すことにしている。

 簗田寺に着くと、紘良くんが一昨日ジム・オルークのライブを見てきたそうで、俺の髭を見るなりジムさんと同じと言われたので気を良くする。

 簗田寺での2ヶ月連続映画寄席を無事に終えた打ち上げで、ヘルミッペさんが、無駄を省いて仕事の合理化をとことん押し進めると、100パーセントではなく120パーセントがんばらなくてはいけなくなるので、理論上は可能でも実際には実現不可能ということを言っていて、なるほどと思う。

 夜10時過ぎに帰宅し、車中で眠ってしまった子供たちをお風呂は諦めて、せめてパジャマに着替えさせようと起こすが、案の定ふたりとも盛大に泣き始める。そりゃそうだろう、夜遅くまで連れ回してしまったのだから、特に娘は音楽発表会もあったのだから、と反省する。


23日 日曜日 勤労感謝の日

 昨夜の疲れを引きずってか、皆なかなか起きず遅めの朝。

 一日掃除をしないと驚くほど部屋が散らかりほこりが溜まる。子供たちの出しっ放し遊びっぱなしのおもちゃを片付けるように言うが、全く言うことを聞かず狭い家を駆け回っている。息子に至ってはパジャマを着替えないので着替えるように言うが、これも全く聞く耳を持たない。だんだんとこちらの語気が強くなり、しまいには意地の張り合いで言い合いになる。埒があかないので放っておくと、今度は子供同士が喧嘩を始めて、ふたり共大泣きする。

 一日でも掃除をしないと部屋は散らかるし、一日でも生活のリズムが崩れると子供の様子は目に見えておかしくなる。穏やかで健やかな日々を送るには、できるだけ違うことをせずに同じ日々を繰り返し過ごすことだと、いつもこうなってから思う。

 昼飯に妻がシンボパンのパンを使ってハンバーガーを作ってくれる。喧嘩の後で涙目のまま、前歯の抜けた娘がかぶりつく様子を撮影する。

 午後からは子供たちのエネルギーを発散させるために、それぞれの自転車で近所の古民家園まで行く。古民家園の庭の梅の木にはたくさん樹液が垂れて固まっていて、子供たちはそれを取るために思いっきり木を蹴り上げている。隣の雑木林で息子がクワガタムシの死骸を持って娘を追いかけ、落ち葉を巻き上げて駆け回っている。少し遠回りして公園でも遊ばせる。

 帰って大相撲九州場所の千秋楽を、妻は息子の髪を切りながら、娘はわたしンちを読みながら、見ているのかいないのかわからない様子で優勝の行方を見届ける。安青錦が本割で琴櫻を倒し、優勝決定戦で豊昇龍を倒し初優勝を決める。これで大関昇進も決定的なものになる。解説の尾車親方も舞の海も、しきりに千代の富士の再来と言っている。

 晩飯は昨日あっちゃんからもらった野菜で鍋にする。エネルギーを発散したせいか、9時になると子供たちはすんなりと眠りにつく。人間が寝付くと、天井裏が騒がしくなる。未だくっつきシートにねずみはかからない。


24日 月曜日振り替え休日

 風のない秋晴れの天気なので、娘のリクエストに応えて急遽お弁当を作り、車で東大和市立郷土博物館の上にある狭山丘陵と一体になっている芝生広場へ行き、昼飯を食べることにする。ここは高台になっていて、立川の向こうの方まで景色を一望できる。時々家族でピクニックに来るのだが、知られていないのか、いつもほとんど人がいない穴場だ。草の上の昼食。娘が作ってくれた卵焼きの塩加減が絶妙で美味い。食後に少し雑木林を散策する。

 来る途中、道を間違えた際に通り過ぎた個人経営の中古自動車屋に気になる車があったので、帰りに寄ってみる。茶色のフォルクスワーゲン・トゥーランだった。店に人はおらず、携帯番号の記載されたホワイトボードがかかっていたので、電話をする。トゥーランは買い取ったばかりで、これからオークションに出す予定だそうだ。年式と走行距離、価格を聞く。だいたい60万から80万くらいで出す予定だということだった。後日再訪することを伝え電話を切る。

 新青梅街道を新宿方面にしばし走って、気になる中古車屋に入る。ここでもワーゲンを何台か見る。ワーゲンはフォルムが綺麗で、見ていて楽しい。

 次は立川までワーゲンの認定中古車屋へ行く。T-RocというワーゲンのSUVに乗ってみると、シートからも車からも守られている感じがすごく伝わってくる。扉も重くて、どぅふっという重厚な音を立てて閉まる。ちょっとやそっとじゃ潰れない鉄の塊という感じ。これが時速200kmでアウトバーンを走ることを想定して作られた車かと感心する。店員さんにいろいろワーゲンのこだわりを聞いた後、せっかく来たのだからと、T-Rocの見積もりを出してもらう。218万円。そこにさらに保証や延長保証や、全体のコーティングなど10万単位のオプションを提案される。ひとまず全て断る。話を聞いているうちに、じわじわと場違いな感覚が湧いてくる。中古車なのでいつなくなるかわかりませんが、どうされますか?決めますか?と決断を迫られるが、もちろんそれも断る。とても親切だがとてつもなく長い話を聞き終えて見積もりを受け取り、3人がかりで誘導されて店を出ると、今度はどっと疲れが湧いてきた。何か食べて帰ろうかと提案するが、家を出る前に妻が餃子の餡を作ってくれていたので、家で食べることにする。ご飯を炊いてないのでどうしようかと言うと、子供たちがカップラーメンが食べたいという。いなげやでカップラーメンを4つ買い、家に帰って家族で餃子を包む。それを食べながら、今日見た車はどうだった?と娘に聞くと、「シュッとした家には今日見たようなシュッとした車が似合うけど、このボロい家にはボロい車が似合から、今日の車は似合わない」と言い、「今日はご褒美のカップラーメンだ!」と嬉しそうに麺をすすっている。ほう、その年でなかなかわかっているじゃないかと感心する。あの車を即決で買えるような家族は、どこかレストランで外食をして帰るだろう。家族でずるずる麺をすすり、屋根裏ではがさごそねずみが走る平屋にはどんな車が似合うのだろうか。


25日 火曜日

 ー引きちぎられた短パンジーンズで、上半身は裸の筋肉隆々男が、廃墟ビルの天井のむき出しになった配管をうんていの様に上手に進んで行く。パルクールの様に崩れた壁を回転しながら飛び越えて行く軽やかさも兼ね備え、SASUKEの様にどんどん難易度を増す障害も難なくクリアして行く。見事ゴール地点に辿り着きこちらを向いた誇らしげなその顔は、THE虎舞竜の高橋ジョージ。乱れたリーゼントをコームで直すー

 最近、美意識というものについて考えている。美意識が大切なものを見えなくしたり隠したりすることがあるのではないかと思う。シエンタやフリードなどのファミリーカーが受け入れられないのは自分の中にあるしょうもない美意識が邪魔をしているのではないかと思う。美意識がリアルから目を逸らさせる。

 以前映画制作についてのインタビューを受けた時に、「制作していると、このまま行くとダサいなと思いながらも、それでも覚悟を決めてそのダサい方向へ突き進まないと先へ進めない瞬間ってあるんですよ。」と答えたのを、インタビュアーが印象的だったと言っていたことがある。ダサい方へ突き進むというのは、自分のしょうもない美意識の外に出るということが言いたかったのではないかと、今になって思う。車選びをしながらこんなことを思い出すとは思ってもみなかった

 昨日ワーゲンのこだわりを聞きながら、美意識ではなく美学というものを感じた。このふたつの違いはなんだろうかと考える。ワーゲンには美学があって、我々のこの美学をいいと思ってくれたら買ってくださいと車が主張しているように感じて、気持ちが良い。一方ファミリーカーは、みなさんの要求にばっちり応えますので、どうぞ私たちを受け入れてくださいという姿勢を感じる。そこには美学ではなく、媚びのようなものを感じる。考えすぎだろうか。美意識でリアルを覆い隠したインスタの写真に感じる、褒められたいという媚び。などと考えが飛躍しながら、リアルと美学の天秤の釣り合うところを見極めなければと思う。

 忌引きが明けた友人から、もし遺品のレコードの中から欲しいものがあればいりませんか?と提案される。その数、7000枚。しかもコレクションがすべてリスト化されていて、何があるかすぐにわかるというジュークボックス状態。

 娘と九九の六の段を一緒に言いながら覚える。


26日 水曜日

 朝起きて米を炊き、白菜の味噌汁を作る。

 珍しく息子が自分でパジャマから洋服に着替えている。まず肌着を着て、次にズボンを履くと肌着をズボンの中にしまうのが楽だと、着替える順番を教えてくれる。そういえばいつも着替える時にズボンをまず先に履かせていたかもしれない。彼なりの発見を報告してくれたということか。

 昨日から7000枚のレコードというのが頭から離れず、どう整理するのが最適なのか考えている。リストを見せてもらい、ジャンル別に専門店に持っていくのが良いのか、需要のあるところに持っていけば、それなりの金額になるのではないか、余計なお世話だが、せっかくならそのお金をご家族で有効に使った方がいいのではないか、などと思い、友人に伝える。

 もう解散したガールズというバンドに『ヘルホール・ラットレース』という曲がある。タイトルを翻訳すると『地獄の穴底のねずみ競争』とでも訳せるだろうか。発表された2009年当時はタイトルの意味など深く考えなかったが、今の社会状況そのものじゃないかと思う。曲もそのMVもタイトルに反し、甘美でぐっとくるので、久しぶりにユーチューブで見返す。

 仕事帰りにスーパーに寄り、ブリの刺身(鳥取県産)と、前に子供たちに評判の良かったホッケを買う。米と味噌汁は朝の残りがあるので、買った品でおかずを作って子供たちに晩飯を食べさせて、打ち合わせの為にシンボパンへ向かう。

 増田くんも来ていて、シンボちゃんと健太郎くんと竹野滞在中のスケジュールを練る。一番迷ったのは、仕事が終わり自由になった最後の夜に何を食べるか。をり鶴の寿司か、大吉のラーメンとおでんか、その両方か。

 竹野にある高砂屋という和菓子屋が11月一杯で閉店するのを知る。ここの「こうのとりどら焼き」は、食べ進んでいくと中央にお餅が出現する最高の代物だったので、12月には絶対食べようと思っていただけに残念でならない。

 かかとががさがさになって皮が剝け始める。季節のせいか加齢のせいか、それとも東京のせいか。鳥取にいた頃は冬でも湿度があり、リップクリームを使うことはなかった。それが東京に来てから冬には肌が乾燥し、かかとも荒れるようになった。山陰の冬の寒さは冷たい。東京の冬の寒さは痛い。

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