先日ひと回り以上年下の若者たちの新年会に誘われて、ずいぶん久しぶりに歌舞伎町を訪れた。新宿には映画を観るためかレコード屋を回るためにしか訪れることはなく、都心から西に離れて暮らすようになってからはほとんど訪れる機会がなくなっていた。
私にとって新宿の入り口といえばアルタではなく、その隣にある百果園だった。割り箸に刺さったむき出しのメロンやパイナップルなどのカットフルーツが陳列され、歌舞伎町へ向かう群衆が果実の甘い匂いと鼻を突く汚水の臭いをかき混ぜる。ここも紛れもないアジアであるということを、東洋一の歓楽街へ向かいながら実感するにはうってつけの場所だった。店先で客を呼び込む、幼いようにも年老いているようにも見える年齢不詳の男もそのムードを醸し出すのに一役買っていた。ドリアンなる奇怪な食べ物を初めて見たのもここだったように思う。
その先には幾度と訪れたテアトル新宿があり、中でも『ユリイカ』 (2000/日本/青山真治) を観た時のことが思い出される。学生だった私には「なんか押し付けがましい善意に溢れた映画だな」程度にしか感じることができず、その後再見する機会を逸したままだが、若造のお目当ては上映の後の監督と東京に居を移したばかりのジム・オルークのトークショーだったかもしれない。ニコラス・ローグのことを話すふたりの会話は果たして噛み合っているのか?と思わずにはいられない時間が流れていたが、ジム・オルークがいつも雑誌の写真で着ている若草色のカーディガンを見られただけで満足だった。
映画といえば思い出すのはコマ劇広場を囲むようにしてたくさんあった映画館で、封切り初日の初回に『シン・レッド・ライン』 (1998/アメリカ/テレンス・マリック)を観たことだ。とは言っても、たまたま大久保の友人宅で夜を明かし、そのまま朝一で映画でも見てから帰ろうと思ったので観たまでで、この映画と監督について知っていたことは、狂信的なファンが待望する20年ぶりの新作ということだけだった。そのためか内容はウディ・ハレルソンが戦場で手榴弾を投げる前に爆発させて下半身を失ってしまう場面以外は覚えていない。それよりも新宿ミラノ座の入り口頭上にでかでかと掲げられた看板を、まだ手書きの絵看板ってあるのかと見上げたのを覚えている。そして映画を見終えてコマ劇広場に出ると、お金を払えば殴らせてあげますという路上の商いを営む殴られ屋が、それじゃあと日頃の鬱憤を晴らそうとする男の繰り出すパンチを巧みにかわしている光景が焼きついている。
コマ劇広場の隣にはリキッドルームもあり、ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーの2度目の来日公演を見たのがここだった。初来日の原宿アストロホールの時と同じく、その音のダイナミズムに反応できず、ただ呆然と2時間半棒立ちで音の洪水に身を任せて鼓膜と体を震わせていた。最後にメンバーが舞台から降りて来てワルツを奏でながら客席の中を練り歩くその間、ステージ後方の壁には16ミリフィルムプロジェクター3台で投影されたHOPEの文字が震えていた。終演後、その1ヶ月前に起こった歌舞伎町ビル火災を思い出しながら、エレベーターのないビルをたくさんの人と階段で7階から降りて無事コマ劇広場に帰還できた時には心底安堵した。
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もちろん2026年の年始には跡形もなく、私は幻視
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